この論文では米国の経済地理学においてみられる「製造中心思考」について考察し,今まで比較的欠如していた経済の消費と流通面に焦点をあて,経済地理学の新しい方向を模索する.消費と流通の分析においては,電子商取引を例にとり,まず消費に関するテーマとして電子商取引の国際比較を取り上げ,次に流通に関するテーマとして米国における電子商取引が流通業の組織変化に与える影響を取り上げる.このようなテーマから経済地理学においての消費と流通の変遷と技術革新との関連についての研究課題を提言し,この分野の将来に貢献することを目的とするものである.米国の経済地理学においては久しく製造業に過度に重点が置かれていることが指摘されているが,現代の日本の経済地理学も似た傾向があると思われる.先進国経済における消費の重要性は認知されているにも関わらず,特に日本のように製造品輸出に依存しつつ成長を成し遂げてきた経済は,研究テーマも製造業中心になりがちである.また,流通業は,製造業におけるフレキシビリティを牛耳る重要な機能を掌っているにも関わらず,製造業に準ずる,労働集約的な補助的業務としてとらえられてきた.また流通業は,交通地理学や都市地理学において既にそれぞれの分野で充分な研究がなされていると考えられてきたが,流通業の産業構造に観点をおいた研究は少ないのが実情である.流通業の立地はインフラ依存型が多く,比較的固定性が強いこと,また,流通のアウトソーシングの浸透が90年代に入ってからの比較的新しい現象であることなども,流通業が経済地理学で研究されてこなかった要因であろう.電子商取引を通した消費の地理学的研究は,前著の日米独における国際比較にも記したとおり,小売業の競争や発展形態の歴史的背景と小売業を取り巻く様々な規制,その上,それらに伴って発展した各国の独特な消費形態が,消費者が新しい技術を取り入れる際に影響を及ぼしたと言える.電子商取引と流通に関しては,様々な憶測が存在するにもかかわらず,流通業界の産業構造がITにどのような影響を受けるか,まだ系統立って結論が出ていないのが実情である.経営学においてのケーススタディを総合すると,一方で仲介業者が淘汰されてゆくプロセスがあり,他方で新しい形の仲介業者が発生している.また物流アウトソーシングが活発になる一方,M&Aなどによるコンソリデーションも同時進行しているのが現状である.このように経済地理学が消費と流通という側面から,より新しい研究テーマを見出し,また,研究テーマとして定着している業界内の分析から,より業界間の組織や人材の変遷を中心とした新しい観点からの研究が増えることを切望する.
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