遺伝性髄様癌の原因遺伝がRET遺伝子であることが判明して以後の約20年間,本邦で甲状腺髄様癌に関して大きな進歩と言えるものは皆無であった。それがこのわずか1~2年の間にきわめて大きな潮流がたて続けに生じた。しかしそれはこれまでの長年にわたる地道な研究の蓄積が根底にあり,それが時期を同じくして開花結実したものであることは決して忘れてならない。
まず本邦において新しいカルシトニン測定法が導入された。これまでは長年RIA法による測定であったが,感度・特異度において問題があることと,結果報告迄に多くの日数を要していた。欧米では1990年代後半からnon-RIA法である化学発光による高感度測定法が用いられており,この点で日本は欧米に大きく水をあけられていた。今回,遅ればせながら本邦においてもnon-RIA法である電気化学発光免疫測定(ECLIA)法が導入されたことにより,髄様癌の診断・フォローアップにおける精度改善がはかられたことは非常に意義深い。この点に関して,伊藤病院外科の北川亘医師に解説をお願いした。
第2の変革は,2016年4月よりRET遺伝学的検査が保険導入されたことである。RET遺伝学的検査は,髄様癌患者において遺伝性か散発性かを鑑別する上で欠かすことのできない検査法である。RET遺伝学的検査は,長年(患者負担なしで)研究という形で実施し,その施設に費用負担を負いてきたという経緯がある。しかし,2008年に当院が厚労省に先進医療として申請し認可を得て,その後,先進医療施設も数施設に増え,厚労省に実績報告を積み重ねてきた結果,ついに保険導入実現となった。そこで保険導入後のノーハウについて,野口病院の遺伝カウンセラーである塚谷延枝氏に解説をお願いした。
第3は,今後解決しなければならない課題であるが,本邦におけるに小児に対する予防的甲状腺全摘に関する話題である。欧米からは予防的甲状腺全摘の報告がすでに多くなされているが,本邦からの報告は非常に少なく,本邦での予防的甲状腺全摘に踏み込んだガイドラインもまだ存在しない。甲状腺髄様癌が発症する前の段階で手術すべきなのか,発症後早期の段階をとらえて手術すべきなのか,本邦の医療制度とも照らし合わせつつ,今後十分検討していく課題である。この点に関して,隈病院の木原実医師に執筆をお願いした。
最後に,根治切除不能な髄様癌の治療に灯りがともされたことである。これまではほとんど有効な治療法がなく,カルシトニン値で病勢進行の推移をみて対症療法やターミナルケアしかなされていなかった。しかしここ1~2年の間に根治切除不能な髄様癌に対して3種類もの分子標的治療薬が認可されたことは,この分野で最も大きな変革であろう。しかしもともと髄様癌は甲状腺癌の中の約1~2%しかなく,さらにその一部の進行例だけが分子標的治療薬の恩恵を受けるわけであるから,絶対的患者数は少ない。したがって,薬物使用のタイミングや薬物の選択と切り替え,有害事象の管理など,様々な面で経験豊富な腫瘍内科医と内分泌外科医の連携が重要となる。そこで髄様癌に対する薬物療法のポイントについて,九州医療センター腫瘍内科の川越志穂医師に解説をお願いした。
今回の特集は,甲状腺髄様癌の診断と治療において,最先端の潮流に乗った特集といえるものになっており,多くの医療者が実際の医療現場で診療に役立てて頂けるよう,願ってやまない。
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