日本の高等教育を対象にした歴史研究は,10年間で約1,000点が公刊され,活況を呈した.新たな資料の発掘や研究体制の構築が進み,自校史教育も発展している.また占領文書の公開など新たな史料群は研究の発展を促進してきた.しかし,高等教育の変動を把握する理論的検討は十分ではなく,学会の活動は実践面に傾斜して,歴史研究とは乖離がある.
日本におけるアジアを対象にした歴史研究は,高等教育研究全体が急成長しているのに比べ,あまり発展しなかった.特に,前近代の研究成果は乏しい.歴史研究が一般に低調とはいっても,中国国内では際立った発展をとげ,植民地教育に関する研究会などの組織化を背景に,東南アジアの高等教育史や植民地高等教育史,国際教育交流史は比較的発展した.また,アジアからの留学生の研究が増加し,アジア高等教育史の担い手として期待できる.
欧米においては,欧州全体を視野に入れた比較史研究や社会史的大学史が活況を呈しているが,日本の欧米研究はやや停滞し,溝ができてしまった.新自由主義的な高等教育改革が広がって,歴史研究のような基礎学問への関心が薄れている.実践的な大学教育センターは拡大したが,教育学部の教育史ポストは,削減の対象となっている.高等教育の歴史研究が近視眼的な実践志向によって衰退し始めているとしたら,高等教育の未来も不確かなものでしかない.
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