グローバル経済環境の中、多国籍企業と海外派遣者は重要な役割を担っている。しかし、日本の派遣者の中には、派遣期間中もしくはその後に、転職してしまう者がいる。あるいは、予定通りに帰任したとしても、結局派遣企業に相応しい仕事がない状況にある者もいる。こうした海外派遣後の転職と帰任後の未活用はしばしば起きることであり、本国でのキャリアと業務が中断されることで、日本人派遣者本人や家族および日系多国籍企業に損失をもたらしている。
本研究は先行研究に基づき、日系多国籍企業と日本人派遣者との心理的契約履行と帰任成功の測定尺度を作り上げ、OLS回帰モデルと実証データを使い、仮説を提起し、それを検証する。81名の日本人派遣者を対象としたアンケート調査(2015年3月実施)と回帰分析を行ない、日本人派遣者と日系多国籍企業との間の心理的契約履行と帰任成功との関係を検証した。先ず、日系多国籍企業と日本の派遣者との間で心理的契約が履行されている程度は、個人(帰任者)の帰任成功に有意な影響を与えている。次に、日系多国籍企業本部による心理的契約の履行は組織の帰任成功に決定的な役割を担うが、海外派遣者個人の心理的契約の履行は組織の帰任成功に有意な影響はみられなかった。
心理的契約と多国籍企業の国際ビジネスについて、本研究による貢献は、以下の通りである。先ずは、心理的契約による海外派遣の帰任成功ヘの影響を定量的に検討したことは、心理的契約理論に新しい知見を加える。心理的契約についての先行研究は主に一般従業員に限られており、日本の派遣者の心理的契約による帰任成功への影響についての検証はまだなされていなかった。Yan et al.(2002)によると、個人と組織との間の心理的契約は派遣と帰任成功の度合を決定する。彼らの研究は、心理的契約理論を使って海外派遣者の帰任成功を分析する最初の研究の一つである。しかし、これらの命題はまだ実証研究で検証されておらず、日本人派遣者を対象とした研究でもない。そこで次に、本研究は日系多国籍企業とその日本の派遣者を対象とした心理的契約の測定尺度を作った。これは将来のこの分野における研究の参考になると考える。心理的契約理論を使い、日本の派遣者の帰任成功を分析することは、日系多国籍企業の派遣者についての理論と実証研究との間のギャップを埋める新たな試みである。
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