社会言語科学
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特集「談話研究の社会貢献―身近な現場から世界まで―」
巻頭言
寄稿
  • 小林 隆
    2024 年 27 巻 1 号 p. 4-17
    発行日: 2024/09/30
    公開日: 2024/11/08
    ジャーナル フリー

    日本語方言には,「私」が発話に現れやすい地域とそうでない地域とがある.東北方言は前者であり,近畿方言は後者であるが,その差は「自己」と「他者」の社会的なあり方の違いに起因する.東北では「自己」と「他者」の同一性が存在し,共同体の中に「自己」が埋め込まれている.それゆえ,「自己」がフォーカスされると,それを言語的にマークする操作が必要になる.それが発話における「私」の出現である.近畿は「自己」と「他者」は分離しており,共同体の中でも個々の「自己」が独立的である.そのため,「自己」に言及するときも,それを言語的にマークする必要性は弱く,その分,東北に比べて「私」が発話に登場する機会は少ない.

展望論文
  • 石崎 雅人
    2024 年 27 巻 1 号 p. 18-30
    発行日: 2024/09/30
    公開日: 2024/11/08
    ジャーナル フリー

    本論文では,言語コミュニケーション研究の社会貢献について議論する.社会貢献は幅広い概念であるため,ここでは徳川宗賢が構想したウェルフェアに焦点を絞る.徳川は1998年ノーベル経済学賞の受賞者であるアマルティア・センの論考を参考にして,社会において「善く行うことあるいは善く在ること」に関する言語コミュニケーション研究の重要性を指摘している.本論文では最初に検討の基礎として,OECD (経済協力開発機構)の国際成人力調査の読解力に関する結果を手がかりに日本人の言語コミュニケーション能力の現状を確認する.次に民主主義社会における多様性の実現に資するセンによる「ケイパビリティ」アプローチを説明し,それを利用して言語コミュニケーション研究による社会貢献の可能性を探る.さらに複雑化する社会における深刻な課題の1つであるサービスの提供者と利用者の情報格差の問題を指摘する.情報格差とは情報の入手と理解に関する不均衡のことであり,社会における不平等の原因や福祉への障害となり得る.この問題への取り組みの例として患者と医師の言語コミュニケーション研究を取り上げる.最後に徳川の考究をもとに基礎研究・応用研究・実践研究の関係について論じる.

研究論文
  • 熊谷 由理, 尾辻 恵美, 佐藤 慎司
    2024 年 27 巻 1 号 p. 31-46
    発行日: 2024/09/30
    公開日: 2024/11/08
    ジャーナル フリー

    現在,新型コロナウイルス,地球温暖化による自然災害,世界各地での紛争や戦争の影響で社会において,そして,教育の分野において,人々のウェルビーイングと社会的公正に対する注目が高まっている.本研究では,ウェルフェア・リングイスティクスと最近脚光を浴びているトランスランゲージングの概念を批判的に考察しながら,ウェルビーイングの内実についての考察を試みる.具体的には,米国の大学の日本語教室におけるある学生の事例を批判的談話分析の観点から分析し,彼女がモノリンガルイデオロギーに影響を受け,自らの混淆的な言語使用の葛藤や自己否定の経験をどのように捉えてきたかを明らかにする.分析結果から,ウェルビーイングは,必ずしもトランスランゲージングによって保障されるものではなく,個人の生活経験,親の信条,社会環境,時代背景などが複雑に関与していることが窺えた.この研究結果が言語教育に示唆することは,学生も教師もともに生きる社会の一員として,社会で優勢なイデオロギーを鵜呑みにするのではなく,常に様々な(言語)資源を駆使して対話と内省を重ね,よりよい社会のビジョンを思い描き,その実現に向けて行動することが大切であるということである.そのような行動は,個人のウェルビーイングだけでなく,社会自体のウェルビーイングにも貢献するはずである.

  • 蒲谷 宏, アドゥアヨムアヘゴ 希佳子, 任 ジェヒ, 徳間 晴美
    2024 年 27 巻 1 号 p. 47-62
    発行日: 2024/09/30
    公開日: 2024/11/08
    ジャーナル フリー

    本論考は,「待遇コミュニケーション」(以下,「TC」とする)という捉え方に基づく研究領域からの「社会貢献」について,主に日本語教育学の観点から考察したものである.2.でTC研究とは何かを述べた上で,3.では談話データに見られる人称表現を手がかりに,コミュニケーション主体の【前提】に注目することが,個人と社会の関わり方への追究を意味する点で,社会構築や社会貢献につながると考察した.4.では,TC研究において,学習者の語りに注目し,過去の経験や価値観から形成されるTC観にアプローチすることが,社会における人々の相互尊重と自己表現につながることを述べた.続く5.では,スピーチレベルを題材に,学習者の【前提】に注目したTC教育の授業実践例を取り上げ,自己の【前提】を問い直すと同時に,一人ひとりの【前提】が異なるという現実を知り,他者を尊重する寛容さを持つことや,摩擦を乗り越えるための解決策を自分なりに考える力を育むことがよりよい社会につながることを述べた.まとめとして,TCの実態やその教育を研究課題とすることによって,人と人とがどうつながっていくのか,相互尊重に基づく自己表現と他者理解とはどのようなことなのか,コミュニケーション主体の持つ【前提】と【場面】―意識―内容―形式の連動の姿とはどのようなものなのかを明らかにすることが,結果としてTC研究の社会貢献にもつながることを述べた.

  • 寅丸 真澄
    2024 年 27 巻 1 号 p. 63-78
    発行日: 2024/09/30
    公開日: 2024/11/08
    ジャーナル フリー

    本研究の目的は,外国人留学生のための対話型キャリア教育の構築に向けて,エージェンシーの育成を目指した共創的な対話活動の意義と課題について検討することである.研究課題は,外国人留学生のためのキャリア教育について,(1)キャリア教育が目指す人材像とは何か,(2) 対話の意義とは何か,(3) 対話をいかにデザインすべきかという3点である.研究課題(1)では,外国人留学生に対しても,VUCA (Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)の現代には,個人のWell-beingと社会貢献を実現するエージェンシーの育成が必要であることを指摘した.(2)では,(1)における対話の重要性を示した.(3)では,対話型キャリア教育における対話活動の一例を取り上げ,繰り返し,パラフレーズ,共同発話といった言語現象と発話数,話題数,話題展開,SCT (Student Critical Turn),学習者意識に関わる質的・量的分析により,対話の拡張と深化,参加者の参加の様相を明らかにした.最後に,対話をデザインする場合は,対話前には,①対話の意義に関する理解,②質に関する理解,③目的の共有,④グラウンドルールの共有,⑤テーマに対する問題意識・興味の活性化,⑥異質性が担保されたグループ構成,⑦参加者役割を含む参加の在り方に関する理解とメタ認知の活性化,⑧対話を拡張・深化できる日本語能力,⑨進行管理に関する意識づけ,対話後には,⑩振り返りの徹底等が重要であることを示唆した.

  • 平田 未季, 杜 長俊, 村上 萌子
    2024 年 27 巻 1 号 p. 79-94
    発行日: 2024/09/30
    公開日: 2024/11/08
    ジャーナル フリー

    筆者らは,同じ地域に住む日本語母語話者(NS)と非母語話者(NNS)がまちづくりについて対等な話し合いを行うことを目指し実践研究を行っている.本稿が分析対象とする話し合いには地域のNSとNNSが参加しており,その中には日本語が初級レベルのNNSも含まれる.そのため,NNSを含むグループに通訳をつけると同時に,通訳を介さない直接的なやりとりを促すための伝達補助ツールとして,参加者全員に多言語併記の感情カードを配布した.話し合いでは,なんらかの理由で話し合いの周辺に置かれた傍参与者が,感情カードというオブジェクトを用いて,他の参加者が形成する関与領域の中に身体的に入っていったり,感情カードに記載された言語情報を手がかりとして他者の発話に理解を示したり反論したりする様子がみられた.特に,異なる言語の話者がこのような行動をとった場合,他の参加者は,当該話者に配慮を示して言語行動を調整しており,話し合いの場に「新たな言語状況」が形成されていた.このように感情カードというオブジェクトの使用によって,傍参与者,特に日本語初級のNNS等話し合いで周辺になりがちな者が,主体的に話し合いに参加することが可能になっていた.

  • 齋藤 純子
    2024 年 27 巻 1 号 p. 95-110
    発行日: 2024/09/30
    公開日: 2024/11/08
    ジャーナル フリー

    日本社会では学生と社会人の境界が明確であるため,新卒社員は人生の重要な転換期を迎える.本稿は,主に「間主観性の方策」の枠組みを援用した談話分析を行い,3泊4日の企業研修合宿において講師は新入社員が一人前の「企業人」になるよう,どのように指導するのか検討する.分析の結果,講師は新入社員に異なるカテゴリーを付与し,彼らのアイデンティティを変容させながら,ビジネス界の規範やイデオロギーを教授していることが明らかになった.さらに,この研修で講師が新入社員に教授する究極の「企業人」アイデンティティとは,メソレベル(ビジネス界)の規範とイデオロギーが反映され,かつ,「企業戦士」の理想に基づいたアイデンティティであることも示された.企業戦士型「企業人」は,社会政治的言説で問題視されてきたにもかかわらず,この研修合宿では新入社員がそのようなアイデンティティを獲得することを講師は目指していた.そのため,本稿はメソレベルこそが職業アイデンティティの構築を決定づけると主張する.また,昨今のワーク・ライフ・バランス重視への社会的なシフトは,ビジネス界で理想とする「企業人」アイデンティティ,ひいては,ビジネス・イデオロギーを変革しなければ,その成功は限定的であるとも指摘する.

  • 望月 雄介
    2024 年 27 巻 1 号 p. 111-126
    発行日: 2024/09/30
    公開日: 2024/11/08
    ジャーナル フリー

    サッカーの試合において,審判員の判定や振る舞いはチームの得点や選手,指導者のフラストレーション,ゲームコントロール等に繋がるため,非常に重要である.本研究では,4人の審判員の中でも主審に焦点を当て,レベル別の審判員における視点と思考について考察した.各審判員にサッカーの試合の映像を観てもらい,その時に感じたことや気付いたことを全て話してもらうという発話プロトコル分析の手法を用いて分析した結果,各レベルにおける視点と思考が明確に異なっていた.4級審判員は審判以外の視点から,3級審判員は主審の視点から発話していることが明らかになった.また,2級審判員は,ポジショニング等のフィールド全体を見る視点を有し,1級審判員は試合全体を見る視点を有していることが明らかになった.加えて,試合の流れを左右する場面においては,分析の結果から4級審判員から1級審判員のマネジメントに関する思考が明確になった.この分析を通して,将来の審判員育成において談話研究がサッカーに対してどのように貢献できるかについて論じた.

研究論文
  • 副島 健作
    2024 年 27 巻 1 号 p. 127-142
    発行日: 2024/09/30
    公開日: 2024/11/08
    ジャーナル フリー

    本稿は,人為的な結果の状態を描写するシテイル,サレテイル,シテアルがどのような条件によって使い分けられているのかについて考察を行うものである.これらの表現の研究は文字資料においてなされたものがほとんどであるうえ,どのような条件によって使い分けられているのか,まだ明確に記述されているとは言えない.本稿において,これら結果の状態の表現の選択にはその状態に至る「過程」を知覚しているか否かが影響すると仮定してビデオ発話実験を行い,それにより収集したデータの分析を通して検証を行った.その結果,次のことが明らかになった.1)日本語母語話者は音声言語においても,眼前の状態を結果として捉えた場合,サレテイル,自動詞シテイル,シテアルの表現を使用する.2)結果の状態を描写する際,変化の過程を意識することで表現の仕方は変わる.変化の過程を意識した場合はシテアル,変化の過程を意識しない場合はサレテイルか自動詞シテイルを選択する.

  • 中村 香苗
    2024 年 27 巻 1 号 p. 143-154
    発行日: 2024/09/30
    公開日: 2024/11/08
    ジャーナル フリー

    世の中はステレオタイプ的言説に溢れており私たちの思考や行動も往々にしてそれに影響されているが,日常の相互行為の中である属性の人の共通イメージはいかに形成,共有されるのだろうか.そこで本研究では,インタビュー中に日台国際児の青年(以下,「日台青年」)が語る台湾人母に関する描写が,調査者と日台青年により台湾人に対する「ステレオタイプ」として協働構築される過程を,会話分析を用いて記述した.語りの中で参与者間の共通認識が達成される事例と達成されない事例を比較した結果,1)「日本人」と「台湾人」が対になる成員カテゴリーの使用により,日台青年が母親の「台湾人らしさ」を語ることが自ずと方向づけられる調査者の語りの引き出し,2)カテゴリーに結びつけられた述部として母親の特徴を提示する日台青年の「やっぱり台湾(人)は~じゃないですか」という発話,3)語りの早いタイミングで起こる調査者主導の笑い,という相互行為的実践が見出された.これらの実践を通して,言及された台湾人の言動やイメージに馴染みが深く,ネガティブに捉えられがちな台湾人の言動も「面白いこと」と受け止める「台湾人をよく知る日本人」としての調査者のアイデンティティが表出されていた.さらに,日台青年も笑いで同調することで,「台湾人をよく知る日本人/日本出身者」である2人により,台湾人のステレオタイプの協働構築が達成されていることが明らかになった.

  • 岩田 夏穂
    2024 年 27 巻 1 号 p. 155-170
    発行日: 2024/09/30
    公開日: 2024/11/08
    ジャーナル フリー

    本稿は,雑談における物語および誘いの展開に生じたトラブルへの対処に見えるからかいに注目し,からかいが産出される連鎖環境の特徴と相互行為上の働きを会話分析の手法を用いて探った.その結果,面白い話としてオチまで語る,あるいは,誘いを誘いとして理解できるように組み立てることに失敗して進行にトラブルが生じているやり取りにおいて,からかいがトラブルに対処する妥当な振舞いとして理解可能な連鎖環境で産出されていることがわかった.さらに,からかいに続いて,参与者が失敗を検証することでトラブルを解消することが確認された.この分析から,からかいが相互行為上のトラブルを顕在化し,その解決を可能にする方策として利用されていることを示唆した.

  • 劉 礫岩, 細馬 宏通
    2024 年 27 巻 1 号 p. 171-186
    発行日: 2024/09/30
    公開日: 2024/11/08
    ジャーナル フリー

    日本語の促音はこれまで,発話内の音韻としてその特徴や機能が研究されてきた.本研究では,一つの単語内部に含まれる無音区間としての促音に注目し,実際の会話事例を対象に,三つのプラクティスを分析した.1)話者は発話末尾にある促音の閉鎖を維持することによって,相手の反応を窺い,以降の展開を選択する.2)話者は自発話の進行中に開始された相手の発話を,促音の閉鎖を維持することによってやり過ごす.3)話者は発話冒頭付近にある促音の閉鎖を維持することによって,自身の発話を維持しつつオーバーラップした相手の発話を優先させ,緊急性の高い発話を行う.分析の結果,促音の無音区間は,しばしば1モーラを越えた長さまで引き伸ばされる一方で,発話の統語的な軌跡を保持しながら相手の発話をモニターする調整区間として用いられることが明らかになった.これは,一つの単語内の強い結びつきの中にある無音という促音の特徴を利用したプラクティスであり,従来論じられてきた会話における非流暢性の問題にとって新しい現象である.

  • セメノワ アナスタシア
    2024 年 27 巻 1 号 p. 187-201
    発行日: 2024/09/30
    公開日: 2024/11/08
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は,ロシアの国家系メディアにおいて,特に2020年の国民投票に関連して,同性愛嫌悪が政治的ツールとして使用され,メディアを媒介として使ったアート・アクティビズムがソーシャル・メディアにおいてどのように争ったかを探ることである.2020年にロシアで行われた憲法改正国民投票では,憲法レベルで結婚を男女の結合と定義する修正案が盛り込まれ,国家の過激な保守思想の高まりを反映し,LGBT+コミュニティへの危険性が高まってきた.本稿では,マルチモーダル談話分析を用いて,政治広告キャンペーン動画「こんなロシアを選びますか」において,国家系メディアがどのように同性愛嫌悪のナラティブを構築したか,また,#YesWillChoose運動がTwitter上でその内容にどのように挑戦したかを解明する.

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