社会言語科学
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最新号
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特集「変貌するコミュニケーションと社会言語科学
特集号序文
展望論文
  • 平本 美恵
    2025 年28 巻1 号 p. 5-15
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    この論文は,学術界における多様性・公平性・包摂(DEI)の取り組みについて焦点的なレビューを提供する.DEI運動の起源は1960年代の公民権運動にさかのぼる.この運動は,特にアメリカ南部の教育機関において制度改革を促進させた.当初は人種や民族の多様性に焦点が当てられていたが,DEIの取り組みは世界的に拡大し,大学や教育機関の政策と統治に影響を与えている.例えば多くの教育機関がDEI推進の専門部署を設けることは,インクルーシブな環境づくりにおいて重要な役割を果たすと強調している.さらにDEI推進の専門部署設置は,大学や教育機関のカリキュラムが地域社会との連携に役立ち,それによる多文化的な視点が取り入れられる意義も強調している.こうした取り組みは,キャンパス内にとどまらず,地域社会へと広がる持続可能な関係性を構築し,高等教育における社会的公正を実現するための現代的なアプローチを示している.歴史的背景と現在の実践例を統合的に捉えることで,世界各地の教育現場においてDEIがどのように進展してきたか,また現在どのような意味を持つのかについて,より深く理解することができる.このような内容を含め,本論文は,社会文化言語学の視点から,学術界における社会的(不)正義に関する研究を北米の事例を中心に検討する.

研究論文
  • 栗田 季佳
    2025 年28 巻1 号 p. 16-32
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    本研究は,全国的にも早い段階で手話を導入した三重聾学校の手話導入の前後期に焦点を当て,聾学校における言語をめぐるコミュニティの実践を正統的周辺参加論から分析した.聾学校の子ども達は手話を禁止されながらも,既存の手話コミュニティへの参加を通して,手話を身につけていった.また,当時聾学校で行われていた口話教育においては,聞こえない子ども達は周辺参加にとどまりながらも,独自の参加の方略を見出しながら,口話能力を自己評価として学習していった.聾学校外部の手話コミュニティの広がりの中で,外からやってきた手話コミュニティの教師らが,聾学校内部にあった既存の手話コミュニティを顕在化させ,拡大していき,手話を取り入れる実践を行っていった.口話教育の実践コミュニティの減退とともに,三重聾学校全体で手話が認められた.これらのことは,コミュニティへの参加のあり方が言語習得や特定の教育実践を規定しており,学習を参加とみる視点の欠如が,手話を排除する口話教育を長く継続させていたことを示唆するものである.

  • 木山 幸子, 時本 真吾, 伊東 香奈江, 直江 大河, 汪 敏, 上埜 高志, 小泉 政利
    2025 年28 巻1 号 p. 33-46
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    文末の言語標識は,しばしば対話相手との社会・感情的機能を担う.なかでも東/東南アジア言語に広く見られる文末詞は,話し手の対話相手に対する心的態度を表す専用の語彙であり,種類も用法も豊富である.それだけに運用の個人差も大きく,世代間の対人関係を損なう原因となり得る.本研究は,若年層と高年層の定型発達の日本語母語話者を対象とし,日常的な指示を受ける際の文末の敬語「ください」と終助詞「ね」への反応として,参加者の主観的評定とともに,彼らが指示文を聴いた際の脳波を測定した.感情処理を反映する事象関連電位とされる早期後頭陰性電位 (early posterior negativity: EPN)を指標として,これらの語彙の認知過程を参加者の世代と性に応じて比較した.その結果,主観的評定では高年層が敬語のない文をより厳しく評価していた.脳波分析の結果は,「ね」の有無について高年層の男女が反対の傾向を示した.女性は「ね」がないとき,男性は「ね」があるときに有意なEPNを生じた.若年層男性も「ね」がないときに有意なEPNを示し,それぞれを感情的違和感の現れと解釈した.これらの知見に基づき,文末標識の運用がいかに世代間の対人関係を左右し得るかを論じる.

  • 坂井田 瑠衣
    2025 年28 巻1 号 p. 47-62
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    人々は,対面的状況において会話するとき,しばしば身体を向け合い,互いに志向していることを示し合うことで,会話し続けることが可能となるような相互行為空間を組織する.本論文では,視覚障害者と晴眼者のあいだで,相互行為空間が複感覚的に組織化されているようにみえる事例を分析し,いかにして相互行為空間の組織化として晴眼者にとって理解可能なやりとりが組織されているかを明らかにした.全盲の視覚障害者に対して,晴眼の歩行訓練士が歩行訓練を行う場面における相互行為を対象とした.視覚障害者が立ち止まることをきっかけとして相互行為空間が形成され,一定時間維持され,ある時点で解体されるという一連のプロセスが観察できる単一事例を取り上げ,その複感覚的な組織化を詳細に分析した.その結果,一方で,視覚障害者と晴眼者における相互行為空間は,視覚障害者が晴眼者から発せられる聴覚的な手がかりを用いることで組織されていた.他方で,視覚障害者は晴眼者の視覚に志向し,視覚障害者の身体的行為が晴眼者に見られることで相互行為空間が組織されていくという側面も多分にあることが明らかになった.そうした相互行為空間の複感覚的な組織化は,視覚障害者が,晴眼者を中心につくられ営まれている視覚中心的世界において適応的にふるまっていることを例証するものであった.

  • 山本 登志哉
    2025 年28 巻1 号 p. 63-78
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    自閉症者と定型発達者に発生する葛藤は,通常自閉症者のコミュニケーション障がいに原因帰属される.だがそれをディスコミュニケーション論の視点から分析すれば,異なる特性から生まれた異なる体験世界が,他者との相互行為の規範にズレを生み,関係調整が破綻することで双方が苦しむ状態として理解可能になる.語用論の視点からも両者で発話の適切さの基準にズレがあるとすれば,定型的な語用の在り方と異質さを持つ自閉的な語用を解明することも,多様性を踏まえた共生の追求に必要な基礎的作業となりうると考えられた.

  • 小川 美香
    2025 年28 巻1 号 p. 79-94
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    本稿は,多様化する介護現場で就労する技能実習生と受け入れにかかわる人々に焦点を当てて,日常の介護業務をより良くすることを志向した日本語教育実践において創発されたディスコースをもとにことばと経験を可視化し,言語社会化のプロセスを探究する.日本の介護現場における相互行為を対象とした研究は少なく,実習生が社会的な行為の主体として捉えられ,言語社会化について語られることもない.それゆえ本稿では,実習生を行為の主体として十分に優先しながらことばとコミュニケーションの実践を描き,共生社会を実現するための日本語教育の方途を探る.実習生が就労現場においてことばをいかに捉えながら言語社会化に至るのか,現場の人々はそのプロセスにおいてどのように主体性を発揮しながら調整し合い,価値観を協働で創生し,変容していくのかを明らかにしようとした.研究の方法に参加型アクションリサーチを採用し,主体的,対話的な日本語教育実践を通じて得られた「大丈夫」をめぐるディスコースにもとづいて,参加者がことばを学び,ことばを駆使しながら何を為しているのか,を読み解いた.分析の結果,実習生は行為の主体としてことばの実践をメタ語用的に分析し,時に社会化に抗いつつ,介護の専門性をめぐる経験を通じて行動を変容させていた.その過程をふまえて,介護現場における言語社会化と共生社会について考察を加えた.

  • 長澤 真史, 甲賀 崇史, 吉井 勘人
    2025 年28 巻1 号 p. 95-110
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    本研究では,知的障害児と教師によるクイズの活動を分析した.最初に教師が出題のやり方を示し,その後に子どもが出題を行った.相互行為を丁寧に読み解いていくことで,発話の位置,発話の形式,行為の投射可能性,身振り等を資源として,互いのふるまいを認識可能な形で示し合う実践が行われていることが明らかになった.そして,こうした実践を通して,クイズのフォーマットが局所的に組織されること,知的障害児と教師の相互反映的なやりとりによってこの組織化が達成されること,フォーマットが柔軟な可変性を持ちうることが示された.また,このフォーマットが足場となり,クイズを行うことだけでなく,一連の出来事を連鎖させて表現すること,経験した出来事への否定的な態度について言語化すること等,知的障害児が独力で行うのは難しいと考えられる様々な行為が達成されていた.事前の計画や通常のやり方のみに固執するのではなく,目の前の子どもが,なぜ今このようにふるまっているのかを問いながら,間主観的な理解を形成していくこと,そして,子どもと共に教育実践をつくっていくことが重要だといえる.

  • 落合 哉人, 坊農 真弓
    2025 年28 巻1 号 p. 111-126
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    本稿では,指点字というコミュニケーション手段を用いる盲ろう者同士の会話において,順番交替がどのような形でなされるか量的・質的に分析した.量的分析では,両手の入れ替えによって生じる個々の順番交替の事例に関して,話し手が両手を下げ始めてから受け手が両手を上げ始めるまでにかかる時間を測り,次の順番が0.4秒に満たない範囲で開始される傾向があることを明らかにした.また,迅速な順番の開始が可能である背後に,文を明示的に完成させる方法があることを指摘した.一方,質的分析では,明確に文が完成していないにもかかわらず速やかに順番が移行した事例を取り上げ,何が順番交替の手がかりとなったか分析した.手指の接触によって参与者がどのような行為を連ねていたか検討した結果,文の完成を伴わない順番交替は,先行する順番に対する理解が表される中で誤解の存在が見出され,それが速やかに解消される過程で生じたことがわかった.そのような個々の順番に対する理解の共有では,疑問符や頷きに伴う両手の動きといった独自の手がかりが用いられることが示唆された.

  • 荻田 朋子, 宮崎 聡子, 宮崎 聖乃
    2025 年28 巻1 号 p. 127-142
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    自己開示は心身の健康を促進し,教師のモラール向上やバーンアウト軽減に効果があるとされている.教員間の「開かれた同僚性」の構築のためには,開示者だけではなく被開示者の視点からも自己開示の影響を探る研究が求められている.本研究の目的は,被開示者の視点から自己開示が同僚性に与える影響を明らかにすることである.対話的オートエスノグラフィー(対話的AE)の手法を用い,教員A(タナカ)の自己開示が教員B(キムラ)に与える影響を,教員C(ナカムラ)との対話を通じて質的に調査した.対話的AEは,対話者からのフィードバックによって自己を客観視し,新たな気づきを促す手法である.調査の結果,タナカの自己開示はキムラに自己内省と経験の再構築を促し,アンコンシャスバイアスへの気づき,相反する感情,心理的葛藤,ラポール構築への積極的態度を引き起こした.また,キムラは他者理解への関心を広げ,心理的ウェルビーイングにつながる「人格的成長」「人生の目的」「自律性」「環境制御力」「自己受容」「積極的な他者関係」を高めたことが明らかになった.これにより,自己開示は「開かれた同僚性」の構築に寄与し,心理的ウェルビーイングの向上にも貢献することが示唆された.

資料
  • ジャブコ ユリヤ
    2025 年28 巻1 号 p. 143-158
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    2022年2月24日にロシアがウクライナに対する全面的な侵略を開始したことを受け,当年3月から日本でウクライナ避難民の受け入れが始まった.日本の移民政策ではこのような前例がないため,避難民の日本生活における言語使用,そして日本社会への適応過程でウクライナ人が直面する言語問題を明らかにする必要があると考えられる.本研究では,日本におけるウクライナ避難者109人を対象に行ったアンケート調査(2023年7月~2024年8月実施)の結果を取り上げる.特に,母語の選択,ウクライナ語とロシア語に対する言語意識,日本語能力に対する自己評価,日本語学習の動機づけ,そして日本での日常生活における言語使用の実態を考察する.

寄稿
  • 井上 京子
    2025 年28 巻1 号 p. 159-169
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    人間間距離のスタンダードが新型コロナの全世界蔓延により大きく変化したために,今後人間同士のコミュニケーション行動にもその影響があらわれる可能性がある.コロナ以前の分類であるcontact culture(コミュニケーション時の対人距離が近い文化)やnoncontact culture(同,遠い文化)の特徴がみられる地域において,コロナ後の実態を調査することにより,人々の対人距離感覚,つまりどれくらい他者から離れていれば快適に感じ,コミュニケーションが円滑に行われるのか,コロナ以前の人々が共有する近接域数値に戻るのかという点を明らかにできるが,それには今後継続的な調査が必要となる.本稿では,ホール(Hall, 1966)のプロクセミクス研究で距離感に有意な差がみられた2か国,すなわち日本とアメリカ合衆国のコロナ収束直後(2023年)におけるフィールド調査結果から,いかなる環境条件がコミュニケーション行動の変化に影響を及ぼすのか,人々の親密度の差と屋外空間の活用法に着目する.また,人々が快適で適切だと感じるような空間デザインを建築分野と連携して探る.

研究論文
  • 新里 瑠美子, 新垣 友子
    2025 年28 巻1 号 p. 170-185
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    本稿は,相互行為言語学の理念のもと開発した『沖縄語自然会話コーパス』の概要を説明し,その活用事例を紹介することを目的とする.本コーパスの特長としては,下記5点が挙げられる.①自然会話のデータ:本コーパスで使用したデータは,筆者らが採録した自然会話にのみ基づいていること;②ユーザーインターフェイスのデザイン:データ①を編集してセグメント化し,トピック名で整理することで,内容での閲覧を可能にし,音声付与で,即座に談話を試聴できるよう考案したこと;③トピックの利用可能性:トピックが多岐に亘るため,社会言語学,民俗学やオーラル・ヒストリーなどの第一次データとしての利用も可能なこと;④パラレルコーパス方式による会話の表示:沖縄語と日本語を対訳で表示し,行間を揃えた両言語の配置で対応を保ち,沖縄語の意味の割り出しを容易にしたこと;⑤沖縄語による検索:語彙や文法項目I (助詞),文法項目II (動詞・助動詞)を沖縄語で検索するプログラムを考案したこと.以下活用例である.①類似形式ゆえ,辞書では別項となっていない終助詞「さ」と「っさー」の生起環境を精査し,両者を別項とすべき論拠を提示;②係助詞と結びの呼応関係の量的分析;③日本語と直接対応しない,沖縄語に特異な提題助詞「ん」の用例分析.上記を通し,共事態に見る通時態の変化へも言及する.

  • 阿部 春香
    2025 年28 巻1 号 p. 186-201
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    本稿は宮城方言において同調表現として使用される「だから」に焦点を当て,その相互行為的機能を会話分析の手法を用いて分析する.本稿では,同調とされている宮城方言「だから」は,直前の発話で示しているスタンスが,既に自分の示していたスタンスであることを根拠とした承認を示す言語形式であることを主張する.行為連鎖の分析から,明らかとなったのは以下の通りである.①宮城方言の「だから」の直前の発話が,さらにその前の発話(宮城方言「だから」産出者の前の発話順番)に同調した形で産出された場合,宮城方言「だから」は産出される.②宮城方言「だから」の産出者が,その前の発話順番で示したスタンスは,非言語的資源を利用して示されることが多く,次の発話順番では,聞き手によってそのスタンスが明確化されることが多い.③直前の発話が宮城方言「だから」産出者の前の発話順番で既に示したスタンスに同調している限り,宮城方言「だから」による同調・承認が可能である.また,本稿では宮城方言「んだ」との比較も行い,宮城方言「だから」と「んだ」はどちらも同調という行為ではあるが,産出される相互行為環境が異なり,それぞれの同調の行為レベルが異なることを示す.

  • 楊 留
    2025 年28 巻1 号 p. 202-217
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    本稿では,バラエティ番組の出演者による逸脱的な発音に対する演出に焦点を当て,逸脱が笑いの対象に構築されるプロセスを分析する.分析の結果,番組が予定通りに進行されるように提示される「収録のフレーム」と,言語上の逸脱によって進行が一時的に中止され,出演者の言語使用をめぐって交渉が行われる「交渉のフレーム」との2つのフレームが浮かび上がった.また,2つのフレームを順次に放送することで,逸脱が偶発的なものに再コンテクスト化されるパターンと,「収録のフレーム」のみ放送することで,逸脱が出演者本人の性質によるものとして提示されるパターンが観察された.本稿は,逸脱に対する演出の違いは出演者の言語使用に関する信念である言語イデオロギーや,出演者本人にまつわる印象であるキャラクタの違いに由来しており,バラエティ番組がそうした言語イデオロギーやキャラクタに依拠していると同時に,それらを再生産していると主張する.

  • 梁 勝奎
    2025 年28 巻1 号 p. 218-233
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    本研究は,依頼行為の開始部における謝罪表現に焦点を当て,それが相互行為において果たす機能を会話分析の手法を用いて検討する.従来の謝罪表現に関する研究が,主に謝罪者と受け手の関係性や謝罪内容の重大性に注目してきたのに対し,本研究では,実際の会話データを基に,謝罪表現が会話の連鎖内でどのように配置され,どのように組み立てられているかを詳細に分析した.発話の開始部の謝罪表現を用いる形式は,特に依頼者が受け手に対して即時の行動を求めるタイプの依頼において頻繁に観察された.会話において発話の開始部は,直前の発話と次に続く発話との関係を示す上で重要な役割を果たしている.依頼行為の開始部における謝罪表現は,その後に産出される内容が相手に何らかの負担や迷惑をかける可能性があることを示していた.さらに,謝罪表現は視線の移動や身体動作と結びつくことで,行おうとしている行為が依頼行為であることを受け手に予測させる機能を果たしていた.また,謝罪表現は,受け手が志向していた直前の活動を一時的に中断させ,新たな活動である依頼行為の開始を予告する役割を担っていた.こうした依頼行為の開始部にて謝罪表現が果たす二つの機能を明らかにするためには,会話の連鎖における位置や発話の構造に注目した精緻な分析が必要であることが示唆される.

  • 加藤 林太郎
    2025 年28 巻1 号 p. 234-249
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    本研究では,日本が移民政策を採らないまま実質的な移民社会にあることを念頭に,母語を異にする医師と患者の模擬医療面接をマルチモーダル分析の手法で記述し,考察した.その際,医療面接における参与者の非対称性がどのように相互行為の達成に貢献しているかを明らかにするため,模擬医療面接内の修復連鎖において成員カテゴリーやジェスチャー,物理的資源がどのように用いられているのかに注目した.その結果,参与者がこれらの資源を活用しながら修復を行っていると同時に,それらの利用のされ方から制度的場面における非対称性とそれに伴う権力勾配が無効化されていることが明らかになった.特に,参与者の言語的,文化的な特性による成員カテゴリーを前景化することは,非対称性を温存しながらそれを資源として利用するという点で特徴的であった.本研究の分析からは,非対称性を持つ制度的場面における相互行為において,参与者が物や互いの特性を様々に意味づけながら資源として利用し,権力勾配を無効化しながら遂行していることが明らかになった.これは明確な移民政策を持たない日本において,どのように社会が形成・維持されているのかの一端を示すものである.

資料
  • 酒井 晴香, 坂井田 瑠衣
    2025 年28 巻1 号 p. 250-261
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    本稿では,筆者らが実施した日本国内の過疎地域における移動販売の買物コミュニケーションを対象としたビデオデータ収集調査について事例報告を行う.具体的には,本調査の経緯や当日の手順,得られたデータを記し,一般的にはビデオデータの収集が難しいと思われる(1)日常生活における私的な場面,(2)相互行為における出会いの局面についても,被調査者らから承諾を得たうえでの調査実施が可能であったことを述べる.そして,こうした調査を可能にしていたのは,研究対象とする活動への分析的な理解のうえでの調査設計であったことを論じる.加えて,調査設計時には想定していなかった調査者らに対する被調査者らのまなざしも調査に影響していた可能性を考察する.報告と議論を通して,各フィールドの個別性に即したデータ収集方法を検討する際に有用となりうる,フィールドで生じる活動を理解する視点の提示を試みる.

ショートノート
  • 南部 智史
    2025 年28 巻1 号 p. 262-269
    発行日: 2025/09/30
    公開日: 2025/11/01
    ジャーナル フリー

    本研究では,先行研究で報告されていた日本語L1話者の調査結果に基づき,日本語学習者の「ている/てる」の使用頻度について,言語変異理論の視点から定量的分析を行い,「ている/てる」という言語変異の選択に影響する言語内的・外的要因について比較検討する.分析のためのデータは,「多言語母語の日本語学習者横断コーパス」(I-JAS)から抽出した.分析の結果,日本語学習者は,書き言葉と話し言葉における「ている/てる」の使い分けが,日本語L1話者ほど明確でないことがわかった.また,日本語習熟度および年齢が高いほど「てる」使用率が高くなるという正の相関が確認された.言語内的要因としては,動詞の活用における促音の有無が日本語L1話者と同様の影響を及ぼすことが示された.このショートノートでの報告をもとに,今後の研究では,各要因の効果の背景にある「てる」使用・不使用の動機をより詳細に解明し,日本語学習者による言語変異の習得プロセスに関する理解が深まることが期待される.

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