西アフリカのコートジボワール共和国は,同地域の中で地理的および経済的に中心的な役割を果たす新興国である.同国は,1960年の独立以降,30年以上に亘り,フェリックス・ウフエ=ボワニ初代大統領の下,安定した政権と経済発展から,「象牙の奇跡」と称された.その気候は,南部は熱帯湿潤,北部は乾燥と多様であり,南部湿潤地帯で生産されるコーヒー,ココアとならんで,北部の半乾燥・乾燥地帯であるサバンナ地域における農産物も,同国の経済発展を支えてきた.60以上の民族から構成されるコートジボワールは,2002年から約10年に及び,国が南北に分断される内戦を経験した.内戦終結後の2012年,コートジボワール国民教育省は,内戦により頓挫していた教育カリキュラムの改訂のため,平和文化への移行を促進する目的で,「人権・市民教育」(EDHC)を導入した.EDHCは,主に国際機関の協力により開発され,平和文化の4つの価値観を軸に健康の側面を加え,参加型・参画型のアプローチを提案するもので,衛生教育は,EDHCのカリキュラムの一環で行われることが定められた.その直後,戦後復興期の2014年には,西アフリカでエボラ出血熱が大流行したが,コートジボワールでは他の近隣諸国と異なり,エボラの確定症例は記録されなかった.それは,コートジボワール政府が,大規模な衛生キャンペーンが行うなど予防措置を施し,その効果が発現したためと推測される.
コートジボワールの学校では,衛生教育として,どのような取り組みが行われ,生徒たちの衛生行動にどのような効果をもたらしたのだろうか.コートジボワール第二の都市であるブアケ市は,乾季にはサハラ砂漠からの砂塵を含んだハルマッタンが吹く北部の中心都市であり,かつては南北分断の内戦の中心地であった.本研究では,多様な文化が交差し共存する町であるブアケ市の国立大学において,様々なバックグランドを持つ学生を対象に聞き取り調査を行った.学校で行われる衛生教育を「正課衛生教育」,学校以外で行われる啓発活動や衛生キャンペーンを「正課外活動」と位置づけ,大学生の語りから,コートジボワールの正課衛生教育と正課外活動の実態を明らかにし,その効果と持続性を分析した.なお,本研究は,正課衛生教育と人々の衛生行動の関係について考察することを目的とするものである.
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