昨今,医療のデジタル化が進んできており,実証から実装まで様々な取り組みがアナウンスされている.しかしながら,2004年にデジタルトランスフォーメーション(DX)を定義したストルターマン博士による「DXに至る3つのフェーズ」に鑑みると,現在の日本におけるデジタル医療は,第一フェーズであるデータ等をデジタル化する「デジタイゼーション」,次いで第二フェーズである業務プロセスをデジタル化する「デジタライゼーション」に留まり,継続的な実装による医療現場の運用の改革まで伴う第三フェーズの「デジタルトランスフォーメーション」にまで至っている取り組みは必ずしも多いわけではないと考えられる.本セッションでは,様々なデジタル技術のインプリメンテーションによる医療現場改革を本気で推進する現場の取り組みと,それら技術の導入効果や実績などを講演いただき,明日からの業務革新に役立てる知見を共有する場としたい.東京慈恵会医科大学の高尾氏には,医療現場のスマートフォン導入を通じ,勤怠管理や遠隔診療,情報連携を通じた医療業務・研究の支援を実現されており,その導入の注意点や今後の展開について,NTT東日本関東病院の村岡氏には,DX推進病棟の導入による看護の質の向上や働き方改革を実現されており,その知見を,最後に名大病院スマートホスピタル構想を推進する大山氏には,IoTを用いた臨床工学技士の業務支援・運用改革やAI人材育成拠点を通じたDX人材育成の取り組みについて共有いただく.
電子カルテが正式な診療録として運用が始まり,今年で23年目となる.一方,2020年にわが国にも波及したCOVID-19パンデミックは猛威を振るい,後手に回った対策の中でも,わが国の医療ICT活用が欧米に比し遅れている点が指摘された.特にEHR, Telemedicine, EHRデータの利活用の差は歴然であったことから,急遽政府は,オンライン資格確認の義務化や全国医療情報プラットフォーム構築などここ1年で,急速に医療DXに向けた政策を強力に推し進めている.このため,今ではその声はやや薄くなりつつあるが,それまでは病院コストの中で,最大である電子カルテあるいは病院情報システムの費用が全国各地の病院で非難された.この事態には,医療情報システムの導入・運用に日々真摯に取り組む本学会員の皆様の多くが,忸怩たる思いをされたものと思う.
今や,全国立大学病院はもちろん,地域の主たる拠点病院あるいは医学教育を担う病院がすべからく電子カルテを導入し,これを契機にあらゆる業務が病院情報システムを活用する統合型総合病院情報システムに発展した.したがって,もはやあらゆる業務はシステム端末なしには不可能である.にもかかわらず,このような事態に至ったのは,システムベンダーによる合理的なコストダウンが進んでいない点もあるが,医療情報に関わるわれわれが,病院幹部職員あるいは利用者である全職員に,真の価値をうまく伝えきれていない点もあるかと思う.このような現状を鑑み,本セッションでは,電子カルテあるいは病院情報システムを,1)医療の質の視点,2)医療安全の視点,3)病院マネジメントの視点,4)病院経営の視点から,それぞれの分野でご活躍の4名の皆さまに,各分野における価値と課題をご講演いただく.これに会場の皆さまからのご意見も交え,23年目を迎えた電子カルテシステム&病院情報システムの真の価値を正しく理解し,各病院でそのエッセンスをご活用していただきたいと考えている.多くの皆さまのご参加を祈念したい.
緊急事態が発生したとき,どのように病院運営を継続させるかの計画をまとめたBCP (Business Continuity Plan)は,多くの医療機関で作成されている.
これまで医療情報学の領域では,侵入抑止技術,認証技術,ファイアウォール,脆弱性対策やアンチウイルスソフトウェアなど,プログラムやシステム状態に対する「備え」としての静的なサイバー防御の観点での議論は多くなされていたが,BCPのうち,ランサムウェアをツールとして用いた,人的組織によって行われる標的型攻撃に代表されるAPT (Advanced Persistent Threat)攻撃への「対応」としての動的なサイバー防御(Incident Response)や,サイバー攻撃被害を同定するフォレンジック実施下での診療業務遂行,被害を免れた情報システムやバックアップをもとにしたシステム運用の復元作業等に関する課題については,十分な議論はなされてきていなかった.しかし,近年のサイバー攻撃によって病院情報システムが長期間停止した事案は,サイバー防御と同時に,いかに被災時の診療保全,被害状況の確認を迅速に行い,併せて短期間で診療活動を復旧できるかの重要性が認識されるようになった.今日のわが国は,異常気象と情勢変化の只中にあり,災害,サイバー攻撃のいずれにも対応するIT-BCPについて,国の重要インフラである基幹病院において備える機運が高まってきている.
そこで本セッションでは,須藤泰史先生にサイバー攻撃による電子カルテ停止時の対応,復旧の経験ならびにその後のセキュリティ向上計画を中心にご講演いただく.そして,鳥飼幸太先生には内閣府サイバーセキュリティセンター(NISC)が主催する「分野横断的演習」に参加した経験と意義,群馬大学および国公立大学病院での取り組み,病院情報システムのセキュリティ等についてご講演をいただき,喫緊の課題であるIT-BCPに関する議論を深めたいと考える.
病院情報システム(HIS)は医療機器,建築・付属施設とともに必須の医療インフラとなっている.HISは導入時のみならず,その維持管理・数年ごとの更新にも多くの費用と労力を要することから,持続可能性を考慮すべき経営課題としての側面が無視できない.
また,HIS導入・更新プロジェクトでは大部分の病院職員が関与するため膨大な利害調整が発生し,費用,医療安全・質の向上,運用改善等,計画策定において検討すべき項目も多岐にわたる.特に,情報通信技術や製品の進化は早く,病院とベンダーの間で情報の非対称性が生じやすい領域でもある.
これらの課題を病院側の内部人材のみで解消することは容易ではなく,開発業務を受託したベンダー側の支援にも限界がある.
その結果,多くのプロジェクトでは個別最適に陥り業務の全体最適が達成できない,導入後の活用が不十分となる,コスト面や時間の制約により機能が限定される等,病院・ベンダー双方にとって不満足な点が残るものとなりがちである.
このような背景のもと,本セッションではHIS導入のコンサルティング業務を行う外部人材の視点からご講演いただき,HIS導入・更新を成功に導く上でどのようなアプローチが望ましいのか,成功要因や陥りやすい罠などについて知見を共有したいと考えている.
全天球型カメラとスマートフォンでVR教材「保護室患者体験」を作成,VR群と模擬体験室群の2群による(非ランダム化)比較試験を実施し,その効果検証を目的とした.看護学生26名を対象とし,精神科保護室療養患者を仮想空間で一人称体験する演習を行い,主観的理解度に[患者の感情理解][求められる態度][モニター観察の目的][訪室観察の目的][必要なケア]の5項目や,体験ストレス度にSRS-18を用い質問紙調査を実施した.
2群間において,体験の効果に有意差を認めなかった.また,テキストマイニングから学生自身の感情変化や患者心理への思考転化の各共起が認められた.なお,体験中ストレス度の平均は「普通」判定であった.
高度専門技術や特殊機材,時間や設備が十分でない場合にも,身近なデジタルデバイスを活用することで,限りなく現実に近い体験教材を安価に作成でき,模擬体験室との差がない,一定の効果が期待される教育実践の可能性が示唆された.