10年程前までは,臭気対策といえば工場・事業所,養鶏・養豚場などから排出される悪臭物質が主体であった.しかし,最近の悪臭苦情は徐々にその様相を変え始めている.野外焼却・家庭のゴミ焼きへの苦情は,平成15年度の統計で11000件を超える.そして「都市型悪臭苦情」という言葉が定義されているように,レストラン・ファーストフード・焼き鳥屋・うなぎ屋・パン屋などの飲食店から出されるにおいも苦情対象になり,裁判に持ち込まれるケースも出てきている.におい・かおり環境学会誌でも,これまで様々な臭気対策に関する情報提供を行ってきているが,本号ではこれまで主体であった産業用・業務用としての臭気対策とは若干見る角度を変え,私達の日常生活に密着した,言い換えるなら一般家庭で問題になっているにおいに対し,その対策法について考えてみることにした.
最近,何故これ程までに家庭内のにおいがクローズアップされるようになったのか? 原因を探ってみると,以下に示すいくつかの理由が挙げられる.
(1)住宅の高気密化(省エネ住宅の推進)により,外気との空気交換が起こり難い.
(2) 女性の社会進出により,家を留守にする時間が増加することで室内空気がこもり易い.
(3)食生活の国際化により,肉食が増え使用するスパイス類も豊富になり,様々なにおいが室内に溢れるようになった.また,肉食の増加により体臭も変化していると言われる.
このようなバックグラウンドからも,意外と家庭内でのにおいが大きな問題になっていることがうかがわれる.
私達の日常生活におけるにおい発生源は,多種多様である.本号では最近家庭内で,特に衣類に関わるにおいが多くの場面で問題視され,その対策法が求められている.そのような状況を鑑み,以下に紹介する三名の先生方に情報を提供していただいた.
(1)松永 聡氏(ライオン株式会社ハウスホールド第一研究所)には,「日常生活における洗濯衣料の部屋干し臭とその抑制」という題目でご執筆いただいた.最近,いろいろな理由から洗濯物を外に干さずに,室内で乾かすという人が増えているそうである.その時に問題になるのが,生乾きによる独特のにおいである.それらの臭気物質を細かく分析し,アミン類・アルデヒド類・ケトン類・アルコール類・脂肪酸類である事を突き止め,中でもC7~C9の脂肪酸がキー物質となる複合臭である事を確認している.また,衣類に付着した汚れ,細菌などは洗剤用プロテアーゼ酵素の一種が効果的に除去し,部屋干し臭を抑制できる事を見い出した.ここに,「部屋干しトップ」という洗剤が誕生したのである.
(2)石上 真由氏(プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク学術渉外部)には,「柔軟剤(洗濯仕上げ剤)による防臭効果」という題目でご執筆いただいた.そもそも柔軟剤とは,洗濯をしたときの最終段階で使用され洗濯物を柔らかく,ふんわりした感触に仕上げるものである.最近では,さらに静電気防止効果や洗濯じわ防止効果などの機能性を付加した商品が伸張しているという.開発された柔軟剤は,これらの機能性は勿論のこと,着ている間に衣服に様々なにおい物質が付着することを防止するという新しい機能を持ち合わせている.柔軟剤「レノア」の誕生である.また,開発段階で行った汗臭とタバコ臭が人の集中力,記憶力に悪影響を与え,さらにタバコ臭はリラクゼーションを減退させるという結果についても合わせて報告していただいた.
(3)北村 英樹氏(株式会社シナネンゼオミック開発部)には,「抗菌ゼオライトの消臭剤としての機能評価」という題目でご執筆いただいた.ゼオライト骨格内に銀イオンや亜鉛イオンを導入することで,これら金属イオンの持つ抗菌作用は勿論の事,イオンの量やバランスにより,消臭機能が有効に発揮される事を見い出している.アンモニア,トリメチルアミン,ピリジン,酢酸,イソ吉草酸,硫化水素,メチルメルカプタンなど種々の悪臭物質に対する除去能力を調べ,適応範囲の広い事を確認している.開発された,商品名「ゼオミック」は米国FDAでも認可されたように,抗菌・消臭という機能性を持たせるための素材として繊維,プラスチックス,陶器,化粧品など数多くの商品開発に利用され,国内外を問わず活用の広がりを見せている.
以上,簡単に各執筆者の方々の内容について触れさせていただいた.後はじっくりと本文に目を通していただければと思う.最後に,本特集の執筆依頼を快諾していただいた先生方に,この紙面を借りて厚く御礼申し上げる次第である.
抄録全体を表示