1990年代にシックハウスが問題となり,2003年にはこれを背景に建築基準法が改正されることになった.建築基準法の改正では,機械換気設備の設置の義務化,ホルムアルデヒド(HCHO)対策,クロルピリホス(C
9H
11Cl
3NO
3PS)使用の禁止などが行われた.また,最近ではシックスクールという言葉が各種雑誌,新聞,TVなどで扱われるようになった.通常,シックスクール症候群とは,新築・改築・改修直後の学校において,化学物質の濃度が高くなり,児童・生徒が不具合を訴える状況を指している.このように,我々の身の回り,特に住宅,学校などのような子供が滞在する空間における化学物質の問題が話題となっている.このような空間における空気質の知覚は,多くは臭気によってなされる.実際,1930年代に実施されたヤグローの「必要換気量と体臭」に関する有名な研究は,当時の学校教室における児童由来の体臭が深刻であったことを背景にしている.果たして,現代の学校における空気環境にはどのような問題があるのだろうか.上記のようなホルムアルデヒド,VOC(揮発性有機化合物)に代表される化学物質の問題だけであろうか.やはり,児童の体臭が問題であろうか.
それとも,温度や湿度などの要因が問題であろうか.今回は「学校環境における空気環境・臭気の問題」を特集としているが,まずは,現在の学校の空気環境を把握するところから始めたいと思う.医薬品や飲料水など学校環境衛生に関する管理は,学校薬剤師が主として当たるという制度がとられてきた背景があり,空気環境についても学校薬剤師による環境調査が行われている.そこで,日本学校薬剤師会会長の杉下氏により,「学校教室の空気・温熱環境と健康問題」と題し,プールなどを含めた広い意味での学校環境と児童の健康について記述いただく.建築基準法とは別に,学校では「学校環境衛生の基準」という基準がある.日本学校薬剤師会常務理事の村松氏には,「学校教室環境の空気質問題」と題し,「学校環境衛生の基準」を中心に,教室の空気質を,建築や設備と関連付けて記述いただく.ところで,読者の方々は「学校と臭気」というキーワードから何を連想されるだろうか.多分,トイレと答えられる方が多いと思われる.「学校トイレ=汚い,臭い」という図式は,現代の学校では必ずしも当てはまらない.学校のトイレ改修が実施されており,学校のトイレ研究会事務局長の嶋氏には,学校トイレ環境の実態や清掃の点を含め,「トイレ改修と学習環境」という題で記述いただくことにした.しかし,児童・生徒が臭気源として挙げるのはトイレだけではない.児童・生徒の体臭や建材臭もあるだろうし,その他の臭気もあるだろう.児童・生徒に対して,不快な臭気を感じる頻度や,臭気発生源,臭気を感じる(学校内の)場所などをアンケート調査があるので,武蔵工業大学の岩下が,この調査結果の概要を「小学校における室内空気質および臭気環境に関する調査」と題して述べることとする.
トイレ臭などのように「閾値以上の臭気レベルであれば,すなわち不快,除去すべき臭気」というのであれば,臭わないように(閾値以下になるように)対策をとれば良い.しかし,ヤグローの研究でも示されていたように,体臭の許容レベルは,閾値以下にすることではなく,においを感じても良いから受け入れられるレベルにすることである.ヤグローの臭気強度で言えば「軽度に感じるにおい」がこれに相当する.木質系内装材を使用している教室では木のにおいはするであろうが,閾値以上であっても多くの人にとっては特に問題はないであろう.しかし,ある特定の人にとっては自然の木のにおいであっても,ある濃度以上になると許容できない場合がある.学校ではさまざまな臭気発生源があり,その嗜好性も多様である.まずは現場の声を聞いて,その対応を考えていきたい.
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