これまで,当協会が重点的に係わってきた“におい”分野は,おもに工場・事業所,畜産,食品関連などに代表されるアウトドアを主体とした臭気対策である.最近ではホテル,病院,介護関連などのインドア臭気問題に対しても積極的な取り組みを始めている.
本特集は,これまで協会が係わってきている臭気対策分野とは,いささか趣を異にする内容である.これまでも,本誌2005年(No. 5)と2006年(No. 2)において,“においと健康”というテーマで人体に関連する“におい”についての特集企画を組んでいる.本号では“「食」を通してにおい・かおりを考える”というテーマを企画した.ヒトを含む動物は,その生命を維持し,伝承していくために食物として栄養素を摂取し続けなければならない.動物が摂食という行動に出る場合,重要な役割を果たすのが嗅覚,すなわち“におい”である.多くの動物は,まず“におい”によって対象物が摂食可能であるか否かを判断する.また,人類のように視覚による情報入手が優れていても,腐敗などの識別を,まず“におい”によって判断する.“におい”で摂食可能と判断すると,食物を口腔内に入れ,さらに味覚でも摂食の可能性を判断する.不適であれば即座に吐き出す行動を起こすであろう.このように考えると,食物に対する嗅覚と味覚の働きは生命体の維持にとって極めて重要な関係にあることが解る.
人類の祖先は,太古の時代に“火”というものを手に入れ,その活用法の一つとして食物に“火“を通し加工することを学習した.祖先達はドラステックに変貌する食物の“味(あじ,旨味)”と,さらに“においとかおり“に驚嘆したに違いない.特に“におい成分”はオリジナルの食材には含まれず,熱によって全く新しいものとして発生してくる場合が多い.
上述したように,生命の維持と摂食は切り離す事ができない.人類は歴史の中で,食材のさまざまな加工法を編み出してきた.“火”を使うことに始まり,発酵させること,塩漬けにして保存することなど,国,地域,民族などの違いによって数限りない“食”が,まさしく文化・伝統として脈々と受け継がれてきている.さらに,そこには特徴ある“においとかおり”が脇役として,あるいは主役として存在しているのである.
本特集は,全7編からなっており,最初の2編は日本の伝統的な食材である“納豆”と“醤油”にまつわる話題である.3編目は,地域性豊かな食物として有名な滋賀県琵琶湖周辺に伝承されている“ナレズシ”(特に鮒とご飯から作られるものをフナズシと言う)についての記述である.4編目は,日本において最もポピュラーな飲み物の一つになった“お茶”について,5編目では,世界共通の飲み物となっている“ワイン”についての記述である.6編目は,食材を加熱調理・加工したときの“におい”の発生について嗅覚に関わる話題も含めての記述である.最後の7編目は,食物に対する“やみつき”のメカニズムについての記述となっている.以上の7編を,それぞれの分野を専門とされている先生方に執筆していただいた.
目まぐるしく変動する現代社会,手軽なレトルト食品,ファーストフード,ファミリーレストランなるものが重宝され,“食”のことを考え,じっくり味わうことがめっきり少なくなっているような気がする.さまざまな冷茶が市販されている中,茶葉にお湯を注ぎ,湯気立つ“かおり”を楽しむことを忘れたくないものである.ひょっとして,今の10代,20代の人達は“お茶は冷たくペットボトルから飲むものだ”と思っているのではないだろうか,そんな危惧が頭をよぎる.“食を味わう”,これはまさしく嗅覚と味覚の絶妙なるハーモニーにより成り立っているといっても過言ではない.私達の時代で絶やすことなく,後世へ継承していかなければならない食の文化・伝統について,これを機会に是非とも考えてみたい.本特集の7編は,私たちにそのきっかけを与えてくれる.
最後に,ご多忙中にも拘らず本特集への執筆をご快諾いただいた多くの先生方に,この紙面を借り,厚く御礼申し上げる次第です.
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