生物脱臭技術,特に,下水処理場などから発生する硫化水素を主体とした臭気の処理技術において,日本が世界最高レベルにあることを私が認識したのは,2003年のことである.この年の9月に,シンガポールで「臭気とVOCに関する第2回国際水協会国際会議」が開催された.その席で米国から参加した研究者が最先端の研究成果として発表した内容が,日本では周知の事柄で,下水処理場などですでに利用されている内容であった.日本で当たり前になっている話が,海外では新発見になっていて,非常に驚いた.
しかし,考えてみれば,日本の優秀な生物脱臭技術については,本誌をはじめとして日本語でしか紹介されていない.私自身は,生物脱臭に関して4つの論文を海外の学術雑誌に書いているが,それは私自身が研究を行って得た成果を発表したものであり,また,他の日本人研究者たちが英文で書いた論文にしても,自分の研究内容の発表とか,概論の紹介だけであって,海外の研究者や技術者に日本の高度な生物脱臭技術を知らせるようなものがない.このために,日本の生物脱臭技術が海外の研究者に伝わっていないと思われる.
高効率型の生物脱臭について日本でさかんに研究が行われたのは,1990-95年ごろのことであり,その後,その技術が実用段階に移行し,最近は生物脱臭の話題が学術誌に登場することが少なくなった.とはいえ,この間にも,悪臭処理の現場では技術の進歩やノウハウの蓄積があったのである.しかし,これが学術誌にはほとんど紹介されておらず,現在の技術レベルが一般には伝わっていない.そこで,今回,生物脱臭の特集を企画し,生物脱臭装置の第一線におられる方々に技術の現状をご紹介いただくことにした.この現状を英文にして全世界へ向けて発信したいところである.
ところで,生物脱臭装置の中で,脱臭の主役として活躍しているのは,細菌である.細菌の性質を詳細に調べるためには,細菌を純粋培養することが必要であるが,現状は,自然界の細菌の99%以上が純粋培養不可能であり,詳しい研究ができない.1990年ごろから,細菌の研究に分子生物学的な解析方法が導入され,DNA解析などを駆使して自然界の細菌を研究するようになったので,細菌を培養できなくても少しだけわかるようになったが,それでも,肝心のところは,純粋培養をしないと解明できない.たとえば,下水処理場で下水処理に利用されている活性汚泥の場合,DNA解析を用いると,どのような種類の細菌がおよそどれくらいの数いるのかという質問への回答を出すことができるが,回答には大きな偏りや誤差が含まれている可能性が高く,信頼性は薄い.さらにこれが,土壌中の細菌となると,土壌粒子がDNA解析を大きく阻害して,研究のやりようがない.
活性汚泥や土壌のように複数種の細菌が混在する集団を解析することの困難さは,最先端技術を駆使した解析の結果が次々に報告されるようになって,1995年ごろからようやく,多くの研究者に認識されるようになった.生物脱臭装置についても,複数種の細菌が活躍している装置であり,実際にどんな細菌がどんな働きをしているのかを解明するのは難しいと考えられる.しかしながら,生物脱臭装置全体での物質収支を調べることや,純粋培養可能な細菌に基づいた研究から,生物脱臭装置で何が起こっているかは推定可能である.そういう知見をうまく利用し,また,細菌の解析が難しいという事実も頭に置いた上で装置の開発が進んだ成果として,気がついてみれば,すでに日本の生物脱臭装置の水準は世界最高レベルに達していたのである.
さて,今回の特集では,各論文で記述が重複する部分について,その一部を著者にお願いして削除していただいたが,各論文が独立に読まれるということを考慮して,そのまま残していただいた部分もある.このため,重複する記述が出てくるが,お許しを願いたい.
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