人間は1日に20kgの空気を吸っている.この量は私たちが毎日食べたり,飲んだりしている食べ物や水の10倍にもなる.空気は,窒素,二酸化炭素,酸素でほとんどが占められ,残りのわずかな部分にさまざまな物質が含まれている.それらの一部には,花などの「かおり」がある.かおりを吸った人間は,その量が微量であっても,さまざまな反応が起きる.
私たちの周りには,さまざまなかおりとにおいの発生源がある.工場の排煙,車の排気ガスなど人間が人工的に作り出したものの他,海,草原,森林などの「自然のかおり」も存在する.かおりとにおいによる悪影響は古くから悪臭問題などがあるが,最近ではさらに深刻なシックハウス症候群,大気環境汚染など社会問題化しいるものもある.そのような背景の中,昨今では自然のよさが再考されており,「自然のかおり」の特徴や機能についても注目されるようになった.
そこで,本号では「自然のかおり」について特集を企画することにした.「自然のかおり」と一言で表現しても,その種類は多岐にわたる.ここでは代表的なものとして海,植物,花のかおりについて,その分野の第一人者の方に概説していただいた.
最初に,地球上で生命が最初に誕生したとされる海について取り上げる.太古の地球で最初に生命が誕生したのは,海の中である.そこで生育する生物が発散するかおりとはどのようなものだろうか.「海のかおり」は人それぞれ感じ方や連想するかおりが異なり,一言で表現することが難しい海洋系のかおりである.それらを構成している代表的な物質の種類や機能性などについて解説いただいた.懐の深い「海のかおり」の世界をお楽しみ下さい.
海で誕生した生命は,大気の状態が安定するにつれて,それまで海の中でしか生息できなかった植物の一種が陸上に進出し始める.陸にあがった植物は長い時間をかけて劇的な進化をとげ,やがて花という巧妙な手段を手に入れる.そこで次に「植物のかおり」を取り上げる.一言で植物といっても,草本類から木本類まで多種類あるが,まず草本類の「緑のかおり」について取り上げる.新緑の時期になると実にすがすがしい「緑のかおり」がするのを経験された方も多いことでしょう.ここでは「緑のかおり」の正体とは何か,それらの生成するメカニズム,人への影響など,著者が世界に先駆けて取り組んできた50年にも及ぶ研究の一端を紹介していただく.緑のかおりの巧妙な仕組みを知ると,自然の奥深さの一部にふれた思いがすることでしょう.
植物はやがて,草本類から木本類へ進化をとげる.日本は国土の67%が森林で構成されている森林国である.森林には種々の樹木から多くの物質が発散されており,独特なかおりがする.それらのかおりを胸いっぱい呼吸すると実にすがすがしく感じる.また,森林で育まれるものに木材があるが,それらは主として住宅の建材として利用される.新築の住宅に入るとぷーんと木材のかおりがし,何とも落ちついたなじみのあるかおりを体験した方も多いことでしょう.このような「森林のかおり,木材のかおり」とはどのようなものだろうか,それらの特徴などについて概説いただいた.
最後に,「花のかおり」である.花は古くから,香料原料としても用いられており,その香りの種類も多様である.地球上の土地それぞれの気候風土にあった植物が,その命の輝きの頂点で花を咲かせ,さまざまなかおりを放っている.人は古くから花の快いかおりを求め,それらを愛でてきた.花にまつわる話は膨大な量になるため,ここでは長年の研究例の中から,一部ではあるが紹介いただくことにした.花にまつわるさまざまなエピソードも交えて,興味深い内容になっている.
「自然のかおり」は幅広い.今回は紙面の関係で代表的なものの概略しか紹介できなかったが,本特集を機に,多くの読者が「自然のかおり」について認識を深めていただければ幸いである.
最後に,ご多忙中にもかかわらず,執筆をご快諾いただいた方々に,本紙面を借りて厚く御礼申し上げます.
抄録全体を表示