一言で繊維といっても,関連する産業構造の裾野は,とてつもなく広く複雑である.それらの分野の中で,私達の身の回りでの繊維製品の使用用途は,直接身に付けるもの(アンダーウエア等の衣類)と寝具やカーテンなどの間接的なものに分けて考えられる.そもそも繊維の基本的な機能性として要求されることは,たとえば①保温性,②吸水性,③速乾性を有することであろうか.産業のグローバル化によって,汎用繊維製品の生産拠点が日本を離れ始めたことをきっかけに,繊維製品の差別化,すなわち高機能性を付加する研究が行われ始めた.本誌でも1997年(Vol. 28,No. 1)に消臭繊維に関する特集を企画し,さらに2001年(Vol. 32,No. 6)には消臭繊維製品の評価・認証に関する特集を,当時繊維製品新機能評価協議会(JAFET)の消臭加工部会に参画していた本誌編集委員樋口氏(立命館大学)に取りまとめて頂いた経緯がある.協議会は,1998年に抗菌・防黴・防臭加工の自主基準をクリアした製品に「SEK」という認証制度マークの付与を採用したことにより,消費者にとっては商品購入時の選択情報として,非常にありがたい制度となった.
近年,問題化している大腸菌O-157やMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)およびレジオネラ菌による感染症,鳥インフルエンザの人への感染などの広がりによって,細菌,ウイルスに対しての国民意識は極度な高まりをみせている.一方,人体に関わるにおいに対しても,制汗剤が大量に消費されているという現状がある.体臭の大部分は,皮脂や皮膚蛋白質が皮膚常在菌によって分解されることによって発生するわけであるから,常在菌を制御することでにおいの発生は抑制される.このような背景からアンダーウエア,スポーツウエアなどに,菌類の活動を抑止したり,発生したにおい物質を化学的に軽減(無臭化)すること,すなわち消臭(防臭),抗菌(制菌)機能を持たせるための研究が進み,商品開発が活発化したのである.
本号では,まず中島照夫氏(近畿大学)に「抗菌防臭・制菌並びに消臭加工繊維製品の開発動向と市場展望」という題目で,繊維加工の歴史的背景から,これまでに上市されたさまざまな機能性繊維について説明して頂いた.繊維素材,原理,加工法,用途などについて総合的な観点から膨大な情報のご提供を頂いた.紙面のレイアウトも,見開き2ページにわたっての掲載法を採用した.機能性繊維の商品市場を知りたい場合の情報源として是非とも活用して頂きたい.
冒頭でも述べたように,1998年の「SEK」マークの後,2001年には消臭加工マークの導入,さらに本年(2009年)からは新たに光触媒消臭加工マークの導入も始まっている.改森道信氏((社)繊維評価技術協議会)には,これらの認証制度の変遷および認証基準などについての詳細を説明頂いた.
繊維に機能性を付与する場合,最も難しいとされるのが付与した機能の持続性,すなわち耐洗濯性の向上である.特に後加工を施した繊維製品の機能性の保持はやっかいである.一方,原糸加工法(練りこみ)の場合,薬剤が繊維表面に効率よく出にくいという欠点を有する.清野智史氏(大阪大学)には,後加工法として開発した放射線を利用した技術について紹介して頂いた.
最後に,大森英城氏,田先慶多氏(日本毛織(株))には,ウール製品への機能性付与について執筆して頂いた.ウールは天然素材であるためエコ時代の流れにも一致している.ただ,著者らも指摘しているように,ウールの場合は後加工での機能性付与が中心であるため,より優れた耐洗濯性の向上が求められている.
日本のタオル市場をほぼ独占していた愛媛県今治市のタオル業界は,存亡の危機に直面した.海外から大量に入ってくる安価な商品に太刀打ちできなくなったのである.タオル業界は,価格競争に走るのではなく,タオル本来の機能である吸水性にこだわり,原料,加工法(織り方)を徹底的に研究し,他に類を見ない極めて吸水性の早いタオルの生産に成功した.2007年,「imabari towel」のブランド名で市場に進出し,今では大手ホテル,デパート等に採用されるなど,一級品の称号をものにしている.開発過程で見えてくるものは,徹底した消費者(使用者)側に立った製品造りである.日本発の機能性繊維も,業界として確固たる将来を見据えたビジョンをもって,消費者を第一として,世界に羽ばたける製品開発に傾注して頂きたい.
最後に,執筆をご快諾いただいた諸先生方に,本紙面を借り深く感謝申し上げます.
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