花き類の魅力と言えば,やはり鮮やかさを眼で見,香りを鼻で嗅いで楽しみ,癒され,そして元気付けられることであろうか.私事で恐縮であるが,先日(2月27日)「世界らん展日本大賞2011」の最終日,東京ドームへ足を運んだ.最終日とあってかなりの混雑ぶりであった.ドーム内は人混みのせいもあり汗ばむ感じであったが,蘭は見た目の華やかさとは違い,花の香りはどちらかというと控え目である.展示の中で興味をそそられたのが“フレグランス審査部門”であった.洋蘭,東洋蘭,日本の蘭などさまざまな香りを放つ蘭が一堂に会し,見事に咲き誇っていた.しかし,香りとなると花に顔を近づけて初めてはっきりと認識できる程度であり,あくまでも控え目であった.
香りの強い花の代表の一つとしてユリ(百合)が挙げられる.本特集の一番目は,ユリの中の代表ともいえる「カサブランカ」について,大久保氏((独)農業・食品産業技術総合機構 花き研究所)に“ユリ「カサブランカ」の強い香りの抑制”という題目で執筆していただいた.通常,花き類の場合,バラなどに代表されるようにいかにして香りを強くするかという研究は盛んに行われている.しかし,カサブランカの場合は全く逆で,香りが強すぎるため室内に飾るには抵抗を持つ人も多い.本内容は香りを抑制するための研究成果についての情報で,切り花のつぼみ状態のときにフェニルアラニンアンモニアリアーゼを含有する水に生けると,開花した時に大幅に香りが抑制される事を見出し,現在実用に向けたさらなる研究が進められている.
次は,石坂氏(埼玉県農林総合研究センター園芸研究所)に“種間交雑による芳香シクラメンの開発”という題目で執筆していただいた.シクラメンは,歌謡曲の題目に取りあげられたり,12月にはクリスマスの時期に合わせて花屋の店頭に数多くの鉢植えが並び,日本人にとって非常に馴染みの深い花になっている.しかし,あれだけの数が店先に並べられていても,シクラメンの香りをイメージ出来る人はそう多くはないと思う.園芸品種のシクラメンは,華やかさに優れているが香りは弱く,ウッディー・パウダー調であり好ましいとは言い難い.これに対し,野生種には花としての価値は低いがフローラル系の強い香りを持つ種が存在するらしい.著者の所属する研究所ではこれらの品種の掛け合わせを長年にわたり研究し続け芳香シクラメンの育成に成功した.本文からは新品種を作り出す時の並々ならぬ努力の積み重ねの結果である事がうかがえる.
次は,津田氏(中部電力株式会社),大西氏(日本メナード化粧品株式会社)らに“甘い香りのキク「アロマム」の開発について”という題目での執筆である.キクから抱くイメージはと問われると,殆どの人は仏事(お葬式)と答えるだろう.一方,秋には菊人形や社寺境内などで大輪を咲かせる菊展覧会などのイメージも付きまとう.しかし,キクの香りとなるとしばし考え込む.著者らは「誰も見たこともないキクを作る」という大目標をかかげ,栽培種と野生種を交配するという研究に着手し,平成22年にいままでには存在しないフローラルでフルーテイ感のあるフレッシュな香りを放つキクの新種の開発に成功している.
最終の4編目は,野口氏に((独)農業・食品産業技術総合研究機構野菜茶業研究所野菜育種研究チーム)“野生種から新しい香りを導入したイチゴ種間雑種品種「桃薫」”という題目で執筆していただいた.前3編は花き類に関する情報であったが,ここでは日本人に最も好まれている果物の代表であるいちごの香りについての記述である.「とよのか」,「とちおとめ」などの名前を聞いて多くの人はイチゴを思い浮かべる.ここでは,市場に無い新しい切り口となるいちごを作り出すという目標に向かい種々研究されたことが述べられている.本文中の表−7に記載されているいちごの品種間の香気成分の相違は非常に興味深い.
以上,特集を掲載するにあたり,僅かばかりの紹介文を書かせていただいた.今後も花き類,果物類の分野では飽くなき香り・味への挑戦が繰り広げられるであろう.本誌でも新しい情報が得られれば遂次紹介していきたい.最後になったが,本特集を掲載するにあたって,執筆依頼をさせていただいた先生方に深く感謝申し上げる次第である.
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