におい・かおり環境学会誌
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43 巻, 1 号
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特集(害虫制御に関わる香り物質)
  • 大平 辰朗
    2012 年 43 巻 1 号 p. 1
    発行日: 2012/01/25
    公開日: 2016/04/01
    ジャーナル フリー
    我々の生活環境には,様々な害虫が存在する.それらは住環境や農作物,人の衛生面や食物等の品質の劣化を招き,大きな問題となる.対策としては優れた防除作用を有する合成された化学物質が数多く開発されているが,残留性,安全性等の問題がある.そこで近年,昆虫のフェロモンやかおり物質を活用した環境に優しい防御技術が注目されている.人は主として言葉や文字や仕草を通じてコミュニケーションを図っており,互いの感情や意志や情報などを伝えあっているが,昆虫におけるコミュニケーション手段の一種が様々な化学物質であることが最近の研究で明らかにされ,それらを活用する新しい昆虫制御法が提案されてきている.一方で植物は, 一旦大地に根を張ると身動きがとれない.そのため周辺の微生物,昆虫等による攻撃に対応するための方法として,防除効果や安全性の高い化学物質に焦点をあて,各分野の専門家の方々に最近の研究トピックスを中心に概説していただいた.
    最初に, 柴尾晴信氏より農業害虫の一種であるアブラムシの各種フェロモン(同種他個体に作用して行動反応や生理変化を引き起こす)とアレロケミカル(異種他個体に作用して行動反応や生理変化を引き起こす) を巧みに利用したコミュニケーション術の紹介である.高度な社会性生活を営むアブラムシのアッと驚く生態は実に巧妙で,驚きの連続である.
    次に,住環境等で大きな被害をもたらすシロアリに関する話題である.シロアリはアブラムシ同様に化学物質による高度なコミュニケーションが営まれており,ここでは松浦健二氏より,特に卵の認識フェロモンや,世界初となった女王フェロモンの特定に関する最新情報を紹介いただいた.卵をワーカーと呼ばれる働きアリが毎日大切に世話をしており,結果として大量のシロアリが育っていくわけですが, その卵を認識するフェロモンが発見されています.これらの知見は殺虫活性物質を含有させた擬似卵を巣の生殖中枢に運搬させ,駆除する技術として活用が期待されている.また産卵機能を有する女王シロアリは,他の個体が分化して二次女王になるのを阻害する何らかの物質(フェロモン)を生成していることが指摘されていた.しかしながら超微量であったため,その正体が明らかにされていなかった.今回,著者らにより特定された物質の紹介やそれらを利用した女王分化抑制技術の展望も述べられており,実に興味深い内容です.
    さらに,大村和香子氏よりシロアリの摂食阻害,忌避,摂食促進,道しるべ行動を促す天然物に関する紹介もされている.ここではシロアリの化学物質感知に関わる感覚機能として食性,味・においの受容についての知見や摂食阻害・促進物質の知見が紹介されており,これらを利用したシロアリ防御策の開発に大変参考になると思う.
    最後に,筆者(大平)よりゴキブリ,カ,ハエ,ダニ等の衛生害虫や貯蔵害虫,カメムシ,スギカミキリ等の農林業界虫に効果のある香り物質について紹介した.衛生害虫は存在自体が不快に感じるばかりか,伝染病の媒体,アレルギーの要因等として我々の健康面にとって大きな障害になっている.また,貯蔵害虫や農林業害虫は,大量発生するとそれぞれの産業で甚大な被害をもたらす.防除対策用として数多く開発されている合成化学物質は,残留性,安全性等の問題があり,防御機能の高い香り物質が注目されている.ここでは害虫防御機能のある香り物質を中心に多くの研究例を紹介した.植物には様々な働きがあり,ここで紹介した内容は,そのほんの一部にすぎない.
    本特集を機に,多くの読者が「害虫制御に関わる香り物質」について認識を深められ,害虫対策や利用技術の開発等の参考になれば幸いです.
    最後に,ご多忙中にもかかわらず,執筆をご快諾いただいた方々に,本紙面を借りて厚く御礼申し上げます.
  • 柴尾 晴信
    2012 年 43 巻 1 号 p. 2-11
    発行日: 2012/01/25
    公開日: 2016/04/01
    ジャーナル フリー
    アリやハチやシロアリのように,一部のアブラムシは高度な社会生活を営む社会性昆虫として知られる.社会性アブラムシでは,「兵隊」と呼ばれる利他個体がコロニーの防衛やゴール(巣)の清掃を行っている. ハクウンボクハナフシアブラムシは,不妊の兵隊階級を産生する社会性アブラムシである.本種の兵隊は,若いうちはゴール内で清掃を行い,老齢になると危険なゴール外での防衛に従事するという齢分業を行う.筆者らは,本種において, 死体認知フェロモン(linoleic acid)と警報フェロモン(trans-β-farnesene)の2種類のフェロモンと,ゴールのにおい成分から警報シグナル(trans-2-hexenal)とスウィートホームシグナル(linalool)の2種類のアレロケミカルを同定し,これらの情報化学物質が巣仲間の動員に重要な役割を果たすことを明らかにした.脱皮後間もない新兵隊は死体認知フェロモンに高い応答性を示して清掃行動を行った.若い兵隊は主として死体認知フェロモンと警報シグナルに応答して清掃行動と攻撃行動を示した. 老齢兵隊はに主に警報フェロモンに応答して攻撃行動を行った.このように兵隊は日齢によって,フェロモンやアレロケミカルに対して異なる行動閾値をもつために齢分業が生じることがわかった.興味深いことに,コロニー内の各フェロモン・アレロケミカルの濃度が上昇すると,どの日齢の兵隊も全てのタスクをこなすようになった.ゴール傷口から出る警報シグナルには警報フェロモンへの応答を強める効果があったのに対して,ゴール特有のにおいであるスウィートホームシグナルには警報フェロモンの働きを緩和する効果が見られた.本稿では,本種の「フェロモン」と「巣のにおい」を介した巣仲間の動員と柔軟な分業システムについて考察する.
  • 松浦 健二
    2012 年 43 巻 1 号 p. 12-24
    発行日: 2012/01/25
    公開日: 2016/04/01
    ジャーナル フリー
    シロアリやアリ,ハチなどの高度な社会生活は,様々なフェロモンによる化学コミュニケーションによって成り立っている.我々は,シロアリの卵認識フェロモンの成分が抗菌タンパク質の一つリゾチームとセルロース分解に関わる酵素の一種であるβ-グルコシダーゼであることを特定した.また多量の女王採集と化学分析,独自に開発した生物検定法により,女王フェロモンの成分が,2つの揮発性物質2-メチル1-ブタノールとn-ブチルn-ブチレートであることを特定し,人口フェロモンによる女王分化抑制に成功した.これらのフェロモンによって,殺虫活性物質を含有させた擬似卵を巣の生殖中枢に運搬させることができ,新たな駆除技術への応用も可能である.
  • 大村 和香子
    2012 年 43 巻 1 号 p. 25-33
    発行日: 2012/01/25
    公開日: 2016/04/01
    ジャーナル フリー
    シロアリは木材害虫として有名であるが,同時に高度な社会性を有し独得の微生物共生系を有する昆虫としても知られ,生態系の中では分解者として重要な役割を担っている.本総説では,シロアリが食物選択や外敵・仲間認識の場面で対象の性状を判断するために重要となる様々な化学物質に対する各種感覚子における味・におい受容の特徴と摂食行動ならびに道しるべ行動との関係の観点から解説する.併せてシロアリに対して摂食障害・忌避,摂食促進,道しるべ行動を促す天然物由来の化学物質について紹介する.
  • 大平 辰朗
    2012 年 43 巻 1 号 p. 34-44
    発行日: 2012/01/25
    公開日: 2016/04/01
    ジャーナル フリー
    我々の生活環境に様々な害虫(衛生害虫,貯蔵害虫,農林業害虫等)が存在する.それらは人の衛生面や食物等の品質等の劣化を招き,大きな問題となる.対策としては優れた防除作用を有する合成された化学物質が数多く開発されているが,残留性,安全性等の問題があり,環境に優しい天然物,例えば香り物質を用いる方法が注目されている.植物は一旦,大地に根を張ると身動きがとれない.そのため周辺の微生物,昆虫等による攻撃に対応するための方法として,防除効果や安全性の高い化学物質を生成してきた.ここでは,それらの利用を考慮する為に,植物が作り出した害虫防除機能の高い化学物質に焦点をあて,概説することにする.
研究論文
  • 松葉佐 智子, 後藤 なおみ, 五味 保城, 戸田 英樹, 小早川 達
    2012 年 43 巻 1 号 p. 45-53
    発行日: 2012/01/25
    公開日: 2016/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究では,都市ガスの付臭剤の臭質に望まれる要件のうち「嗅覚疲労を起こしにくい」という点に着目し,嗅覚疲労を「臭気の持続提示中に生じる臭質の同定不能状態」と定義した上で,ガス会社がユーザーに対して都市ガスの付臭剤における嗅覚の時間依存性に関する有益な情報提供を行うことを目指した.まず,都市ガスの付臭剤の主成分であるターシャリーブチルメルカプタン(以後,TBM)を用いて持続提示臭気に対する感覚的強度の実時間評定を実施した.感覚的強度を基に嗅覚疲労率を算出し,TBMにおける嗅覚疲労率の時系列変化を近似式で表したところ,臭気を嗅ぎ始めてから2分が経過するとユーザーの約50%に嗅覚疲労が生じることが示された.続いて,TBMと3種類の日常生活臭の間で嗅覚疲労率の時系列変化の動態および近似式の時定数を比較したところ,日常生活臭に比べてTBM が著しく嗅覚疲労を生じやすいとは言えなかったことから,TBMは都市ガスの付臭剤に適した臭気物質であることが示唆された.
技術速報
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