食品や生活材において遭遇する異臭は,消費者にとっては商品への期待を損ねるものであり,製造,流通,販売の各事業者においては,苦情への対応いかんによっては商品イメージの低下にとどまらず,売上げ低下や商品回収等による事業損失につながる場合がある.しかし,こうした異臭については必ずしも正しい理解が得られているわけではなく,関係する事業者が今日的な知見に基づく共通の認識を持つことが重要となっている.そうした一助とするため本特集では,受託検査,食品・飲料,分析機器の各分野で異臭に携わっておられる専門の方々に,以下に示すテーマについてご執筆いただいた.
加藤氏(大和製罐(株))には,「リサイクル原料を使った製品の異臭」という題目で執筆していただいた.近年,身のまわりの様々なものにはリサイクル材の使用が主流となってきているという.その中で,紙やプラスチックについては,有機物が分解する温度以上の加熱が行われないことから,異臭物質がごく微量存在しても,リサイクル後の製品に異臭が残留する.食品や様々な業界で商品の梱包や物流に使用されている段ボールや樹脂パレットをはじめとして,電気製品,車,建築資材等で問題となった異臭事例について、詳細なデータを基に説明されている.
岸本氏(アサヒビール(株))は,「ビールのオフフレーバーに関する近年の知見」という題目での執筆である.ビール中のオフフレーバーは製造工程,製造後の酸化により生成するという.なかには,低閾値の含硫化合物のように,ビール中ng/Lオーダーで香調の軽快さを損なう微量成分もある.日本のピルスナータイプのビールのオフフレーバーについて,過去から近年着目され同定されてきた化合物を取り上げ,それらの発生要因と制御方法を詳細に述べられている.
中台氏((財)日本醤油技術センター)は,「醤油の異臭とその防止策」という題目での執筆である.醤油はかおりが命であり,その異臭には微生物汚染によるものと保存中の香味劣化によるものがあるという.対策としては,製麹中の芽胞細菌の生育抑制,仕込み中のアルコール発酵の旺盛化と詰め前殺菌での産膜性酵母の生育抑制があり,また,新型密閉容器により着色・異臭が防止できる.本稿ではこうした微生物汚染による影響やその制御についての様々なデータを基に,醤油の今日的な異臭防止策を示されている.
中川氏,田中氏,宮川氏((株)島津製作所)らは,「GC-MSを用いた異臭分析について」という題目での執筆である.分析機器を用いた異臭分析ではガスクロマトグラフ-質量分析計(GC-MS)がもっともよく用いられており,異臭成分を混合物から分離し定性するのに適している.GC-MSは多くの分野で分析に用いられている装置であるが,異臭分析に活用できる様々な試料導入法・装置,解析用データベースも開発されている.本稿では異臭分析を行うためのGC-MSの原理,前処理装置およびそれらの最新技術について解説されている.
白田氏,石川氏(日本電子(株))らは,「おいしさへのアプローチ ~チーズにおけるアミノ酸とにおいの評価~」という題目での執筆である.食品にはその食品特有のにおいがあり,味と相まってその食品のおいしさを感じることができる.本稿では,発酵食品の一つであるチーズを試料としてにおいと味の両者にアプローチし,感覚的な指標とその背後にある化学物質の同定を試みた結果について述べられている.
今日,ビール,醤油のように異臭原因物質の低減・防止のための研究がすすみ対策がとられている分野がある一方で,リサイクル材のように根本的な対策がまだ確立されていない分野がある.また,醤油を例に考えると,小規模な事業者や醤油を原料として使用する多くの食品事業者にとっても新たな知見を取り入れていくことは必要であろう.上述の加藤氏が論稿で述べているように「異臭事故を未然に防ぐためには,異臭原因物質のにおいを記憶し,発生する原因と対策を熟知し」,「対処した知見は共有し,異臭に対する感度を業界全体で上げていく」ことが大切である.
最後に,本特集を企画するにあたり,ご多忙中にも関わらず執筆をご快諾いただいた著者の方々に,厚く御礼申し上げます.
近年,建設資材,電車や自動車,電気製品の部品などに,リサイクル材が用いられる様になってきた.しかし,紙やプラスチックをリサイクルする場合には異臭の危険性が存在し,実際に異臭の事故も発生している.今回は,リサイクル材として用いられる紙やプラスチックで問題になった異臭に関して解説する.
ビールの製造工程,および製造後の酸化によってビール中に生成するオフフレーバーについて解説した.ビールのオフフレーバーには原料,水に由来するもの,仕込工程,発酵工程中に生成してくるもの,缶やビンに詰めた後の保存後に生成してくる酸化劣化臭がある.それらの中にはSH基をもつ低閾値化合物のように,ビール中にng/L程度しか含まれない微量成分もあるが,近年では分析機器が発達し,定量することも可能となった.ビールのオフレーバーとして過去から近年,着目されている化合物について述べた.
醤油はかおりが命の醸造食品であるので,異臭は大きな欠点となる.醤油の異臭の代表であるn-酪酸は醤油麹の製麹中にBacillus属細菌により生成されるので,この菌の汚染を防止することにより,n-酪酸の生成を低減できる.そのためには,盛込みライン,製麹装置の洗浄・殺菌・乾燥により,盛込み時の初発汚染芽胞細菌数を低減することが重要である.次に,仕込み,開栓中の産膜性酵母の生育により,イソ酪酸,イソ吉草酸の異臭が生成される.産膜性酵母の仕込み中の生育抑制のためには,諸味中のアルコール発酵を旺盛化することである.開栓中の産膜性酵母の生育抑制のためには,詰め前殺菌することである.
異臭の測定では,人間の嗅覚を用いた官能試験と分析機器を用いた成分測定を組み合わせて行われる.分析機器としてはガスクロマトグラフ—マススペクトロメータ(以下GC-MS)がもっともよく用いられる.GC-MSを用いた異臭分析では重要なことは,試料からの異臭成分の抽出・濃縮に適した前処理法を選択することである.異臭分析を行ううえでGC-MSの原理,前処理装置およびそれらの最新技術について解説した.
食品の味覚とにおいが密接な関係にあることは知られている.しかし,その味覚・においを特徴付けている化学物質を明確にするためには,感覚的な分析手法と化学的な分析手法を組み合わせる必要がある.感覚的な指標をもとにした分析手法としては,におい識別センサーや味覚センサーなどが使用されているが,それらでは味覚・においを特徴付けている化学物質を特定することはできない.一方で,アミノ酸分析機や質量分析計を用いる化学分析手法では,化学物質の特定はできるものの,感覚的な指標との関連を議論することは難しい.今回,アミノ酸分析装置とガスクロマトグラフ質量分析計(以下GC-MS) に官能分析の一手法であるスニッフィング機能を組み合わせた,スニッフィング-GC/MSを用いて,数種類の市販チーズをそれぞれ分析することにより,感覚的な指標とその背後にある化学物質の同定を試みた結果,いくつかの知見が得られたので以下に報告する.