調味料の重要な役割は,素材の持ち味を生かしながら,フレーバー(風味)をバランスよく整えることである.ISOにおいて,フレーバーは「味わっている間に感じられる嗅覚,味覚,体性感覚からなる複合的な感覚」と定義されているが,調味料においても調味だけでなく,香りを付与する担い手としての重要度が年々高まっている.本稿では,調味料の調理工程中に生成する香り(加熱香気)に焦点を当て,その香気生成において重要なメイラード反応に関する知見と,筆者らの「調味料(調味液,豆味噌)の加熱香気と呈味への寄与」に関する研究について紹介する.
かつおだしのおいしさに寄与する香気成分を明らかにするために,動物行動学実験,香気分析,ヒトの官能評価と生理応答計測を行った.マウスを用いた実験により,かつお荒節超臨界二酸化炭素抽出物の香りにマウスの嗜好性と報酬効果に寄与する成分が含まれることが示された.香気分析により,香気寄与度の高い成分として(4Z,7Z)-trideca-4,7-dienal(TDD)をかつお節から初めて見出した.官能評価および近赤外分光法を用いた唾液腺血流応答計測により,かつおだしのおいしさにTDDが寄与していることを明らかにした.
料理の基礎となる鶏出汁(チキンスープ)は清湯と白湯の二種類ある.これらは混ぜる事で,それぞれ単独では得る事の出来なかった美味しさを得られる事が知られている.その相乗効果について検証する為,それぞれのスープをGC/MS,GC/O,AEDAの手法を用いて香気成分解析を行い,そこで得られた化合物からエンハンス効果に寄与する香気成分を探索,解明した.さらに,食品のおいしさに関わる表現「コク」について理解するため,消費者調査と官能評価を実施した取り組みについて紹介する.
近年の機器分析法の発展に伴い,ヒトの体臭が数多くの揮発性有機および無機化合物から構成され,その成分の種類や量が疾病や身体的・生理的状態に関連することがわかってきた.そこで本研究では,長期入院中の重度熱傷患者の体表面から放散するアンモニアに着目し,熱傷の治癒の程度を室内空気中アンモニア濃度のモニタリングにより,客観的に診断する方法の開発を検討した.臨床試験は火炎による重度熱傷患者4名を対象とし,集中治療室の室内空気中濃度をパッシブ・サンプラー法により測定した.測定地点は数値流体解析によるシミュレーション結果を基に定めた.測定した結果,室内空気中アンモニア濃度は入院中に大きく変動し,創部デブリードマンおよび皮膚移植時に増加し,創閉鎖時にバックグラウンドレベルに減少,創閉鎖せず患者が死に至った場合には高濃度を維持する傾向が見られた.このことから,熱傷患者の治癒程度を室内空気中アンモニア濃度のモニタリングによって観察できる可能性が見いだされた.