食物の香りは,おいしさに関与したり食物を特徴づけるものとしてきわめて重要な役割を持つ.最近ではそれらのはたらきに加えて,生理学的な機能を示す成分があることも明らかにされてきている.著者らは,加熱食品,コーヒーやアルコール飲料など食品の香りが脳機能に与える影響を,安静度の指標となる脳波α波と賦活度の指標となる事象関連電位P300の分析により検討し,においの種類や濃度,被験者の性別などによって,効果が異なることを明らかにしてきた.今後,食物のおいしさや心地よさ,脳機能に対する機能性の客観的評価法の一つとして,脳機能測定法の利用が進められることを期待したい.
香気の中には情動とそれに伴う自律応答を強く惹起するものがあることが経験的に知られており,その作用を医療に応用する試みは古くよりなされてきた.しかしながら「におい」がどのような脳内機序によりその機能を発現するのかは不明であった.我々はマウス疼痛テスト系を用いて香気暴露による鎮痛効果を測定し,テルペン系化合物の一種,リナロールの香気が鎮痛効果を有することを見出した.さらに,この効果は嗅覚系を介して(つまり「におい」として)惹起されること,そして視床下部オレキシン神経の活性化が必須であることを見出した.また,リナロールを多量に含む芋焼酎香気でも,リナロール濃度依存的に鎮痛効果が現れることを明らかにした.本稿ではこれらの知見を中心に紹介する.
静岡がんセンターは,患者の視点を重視することを基本理念として設立された,高度がん専門医療機関である.がん患者は,患部の壊死や代謝異常により特有の病臭が発生し,大きなストレスを感じている.我々は,日本人の生活に深く根ざした緑茶を蒸留し,その香りを活用して患者のストレスを低減させ,QOLを向上させる取り組みを実施した.この取り組みに適した蒸留液の原料としては.二番茶の茎茶が最適であった.開発した緑茶蒸留液は,心を安らげる香りを有しているだけでなく,トリメチルアミンやジメチルスルフィド等のがんの病臭を低減させる効果を有していた.