九州の福岡(博多)で2019年5月に開催された嗅覚と電子鼻(エレクトロニックノーズ)の国際学会(ISOEN 2019)の概要を示す.本学会の起源について簡単に説明した後,本学会のテーマを説明するために,いくつか注目を集めたトピックについて技術的側面を解説することにより,学会の活気と学際的な雰囲気を伝える.
本稿では,著者らの開発による人工嗅覚システムを紹介する.システムは化学物質のサンプリング,濃縮,検出,パターン認識からなる.昆虫の触角に倣い,複数種の化学物質を検知するセンサ,ならびに選択性の高いセンサを多数用意した.結果,ピロールやベンズアルデヒド,ノナナールといった匂いガスを90%以上の精度で識別・同定でき,人では難しいビールの識別にも成功した.現在,手の平サイズの小型化を行い,種々のターゲットへ向けて実証試験を実施中である.
嗅覚は我々の生活に大きく関わる感覚のひとつである.このにおいに関する知覚情報は様々な応用に利用できる可能性がある.におい知覚情報をデータとして取得するためには,生物が持つ多数の嗅覚受容体のにおいに対する応答を再現できるようなセンサが必要となる.本稿では,嗅覚受容体を発現したセンサ細胞を利用して蛍光画像応答としてセンサアレイ出力を取得するにおいバイオセンサシステムについて紹介する.さらに,このセンサを用いたにおい識別の原理検証基礎実験の結果について述べる.
ヒノキ(Chamaecyparis obtusa)のおがくずとモノテルペン類であるリモネン,α-ピネンそしてβ-ピネンはトリメチルアミンに対し消臭効果を示した.トリメチルアミン濃度は,おがくずの増量に伴い減少することがわかり,製材所で生じるおがくずが魚臭の除去に有効であることを示した.ヒノキの精油成分をGC-MSで分析したところ,リモネン,α-ピネンそしてβ-ピネンなどの揮発性のモノテルペン類が検出された.また,それらはトリメチルアミンに対し消臭効果を有し,中でもβ-ピネンが最も効果的であった.モノテルペンの消臭メカニズムの解析をNMRと電荷計算の実験により行った.NMRの実験から,どのモノテルペンにおいてもトリメチルアミンと弱いながらも相互作用していることが示唆された.また,モノテルペン分子の中で,最も低磁場シフトしたプロトンは二重結合のプロトンであった.モノテルペンの電荷計算から,二重結合のプロトンは他のプロトンに比べより大きな正電荷を持つ事がわかった.これらのことから,モノテルペンの正電荷がトリメチルアミンの持つ負電荷を攻撃し,その結果モノテルペンの電荷の変化や小さな構造変化を引き起こしていることが考えられた.これが,モノテルペン類のトリメチルアミンに対する消臭メカニズムの一因である可能性が示された.