昆虫は様々な化学物質を駆使して,身を守ったり,仲間とコミュニケーションを取る.臭いにおいを発することで知られるカメムシの防御物質やフェロモンについて,著者らの研究を中心にまとめた.また,昆虫は外界からの化学シグナルを感知し,最適な餌資源や産卵場所を探す.カメムシの餌探索行動に関わる植物由来のにおい成分について,植食性カメムシと肉食性カメムシを例に,近年,著者らが取り組んできた研究も紹介する.
ヤスデは体節に備えた外分泌防御腺に蓄積している分泌物から芳香族化合物(グアイアコール,クレオソール)やキノン化合物(ベンゾキノン,ハイドロキノン),シアン化合物(シアン化水素,ベンゾイルシアニド)などの防御臭気物質を,外敵から身を護るために放出している.本稿では,生殖活動や移動分散に伴う大発生時に群遊するオビヤスデ目のヤンバルトサカヤスデ(Chamberlinius hualienensis)とヤケヤスデ(Oxidus gracilis)の防御臭気物質について,著者らの研究の知見を中心に述べた.また,群遊する生きたヤスデから放出される防御臭気物質を初めて検出し,その生物活性(アポトーシス誘導による細胞毒性)について得られた新しい知見について紹介する.
カミクラゲSpirocondon saltatrixはキュウリのにおい成分である(E)-2-nonenalと(E,Z)-2,6-nonadienal を持つため強烈なキュウリのにおいがする.これらの物質は一般的な多価不飽和脂肪酸から酵素反応を経て生じると予想される.キュウリ様におい物質はカミクラゲにとってのケミカルシグナルや防御物質など,何らかの生物学的な機能を持つ可能性がある.
においのたなびきは離散的に分布するにおい物質の塊(フィラメント)から構成される.においの空間分布を動物が定位にどう利用するのかについては不明な点が多い.閉鎖空間に適応したゴキブリは長い触角を用いて,周囲を探りながらにおい源に定位する.本稿ではゴキブリが触角上に区画化された1 cm余りの受容野を持ち,においが触角のどの領域に当たったのかを把握できること,受容野は幼虫期の脱皮毎に触角基部に1つ付加されること,受容野と一対一対応する神経の活動の組み合わせによって,プルームの境界やフィラメントの形状を検出できることを示す.
体重管理用の2種の療法食ペットフードを6頭の猫に給与し,糞便の臭気強度を6段階臭気強度表示法により検討したところ,3頭の猫において,高消化性および加水分解タンパクならびに繊維を多量に含有するフードを給与した場合の臭気強度は,このようなタンパクを含まず,繊維を多量には含まないフードを給与した場合よりも著しい低値を示した.本試験は少数の猫を用いて実施したにすぎないために断定的な結論は控えるが,フードの組成が糞便の臭気強度に影響を与えていることが推察された.