薬動学では,薬物を生体に投与したとき,生体内における薬物の経時的な動態を予測・追跡するための有用な接近の道具として,コンパートメント・モデルが用いられている.本稿では,このコンパートメント・モデルの統計的推測における妥当性の診断方式を考察した.この診断の道具として相対曲率測度をとりあげ,文献事例での適用および数値検証を通してその診断用途への適切性を検討した.文献事例の検討では,諸種のデータにこの相対曲率測度を適用し,コンパートメント・モデルに潜む非線形性の程度を評価した.そこでは,血中薬物濃度データの統計モデルの仮定からの逸脱,とくに誤差の不等分散性がこの相対曲率測度に及ぼす影響を吟味した.このとき,この仮定からの逸脱を改善し,この逸脱を定量的に評価することを意図してベキ変換接近法を適用し,この接近法に依拠する相対曲率測度を提示した.結果として,ベキ変換接近法は,血中薬物濃度の不等分散性とその分布の歪みを改善し,モデルのパラメータに依拠する非線形性を緩和することが示唆された.さらに,ベキ変換接近法に依拠する相対曲率測度に付随する諸種の診断測度を利用して,誤差の仮定からの逸脱に影響されることなくコンパートメント・モデルの特性を適切に把握することができた.数値検証では,血中薬物濃度データが不等分散性を有する場面を想定し,血中薬物濃度の観測値の個数,そのバラツキの大きさ,標本抽出形式を因子としてとりあげ,相対曲率測度に及ぼすそれらの影響を評価した.その結果,ベキ変換接近法に対するパラメータ効果曲率は,誤差の不等分散性の影響を受けないことが示された.相対曲率測度は,薬動学におけるコンパートメント・モデルの推測に対する診断の有用な手段を提供するといえる.
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