本稿では,米国研究評議会(National Research Council)の作成した報告書「臨床試験における欠測データの予防と取り扱い」のなかでも,特に欠測データの予防に関する部分に注目して要約する.具体的に,臨床試験で何を推定したいかを定義するエスティマンド(estimand)の概念,試験デザイン上で脱落を最小化する工夫,脱落した被験者に関するデータ収集の継続について,試験実施上で試験スポンサー,医師,施設のスタッフがとりうる欠測データを減らすための戦略等について概説する.
データの欠測は,臨床試験の結果をゆがめ,解釈を困難にする重大な問題である.mixed-effects models for repeated measures(MMRM)は,線形混合効果モデルの一種で,不完全な経時測定データを解析するために利用される統計モデルである.特に医生物学の分野で急速に普及しており,臨床試験においては主要な解析に採用されることも多い.本論文では,MMRMに基づく解析を取り上げ,この方法の原理や性質,固定効果パラメータの推定ならびに統計的推測の方法を概観する.また,実際のデータにMMRMを適用する際の具体的な指定方法や注意点を紹介する.
一般的な調査・実験研究において,欠測はほとんど避けられない問題であり,統計解析において,適切な処理を行わなくては,バイアス・推定精度の低下が起こり得る.ほとんどの研究において,欠測は複数の変数にまたがって,個人ごとに異なるパターンで起こることが一般的であるが,このような条件下で,汎用的な統計ソフトウェアで実行することができる不完全データの解析手法は,現状ではわずかしかない.連鎖方程式による多重代入法(multiple imputation by chained equation; MICE)は,このような条件下で有効な解析を行うために開発された方法であり,その実践的な有用性から,近年,多くの統計ソフトウェアに実装され,さまざまな研究領域において普及しつつある.本稿では,非統計家を含めた,データ解析に携わる実務家・研究者を対象として,邦文によるMICEについての実践的な解説を行う.また,Clark and Altman (2003, J. Clin. Epidemiol. 56, 28-37) による卵巣がんの予後因子研究を事例として,Rのパッケージ mice を用いた解析方法について紹介する.
人を対象に行われる医学・疫学研究では,データの欠測がしばしば発生し,そのような不完全データに対しては欠測メカニズムを適切に考慮した統計手法を用いる必要がある.MARの仮定の下で妥当な方法として,観測データの尤度を使用した手法や多重補完法といったパラメトリックな手法が用いられるが,1990年代以降,より柔軟な仮定の下で妥当な統計的推測ができる方法として,セミパラメトリック理論に基づく統計手法の研究が飛躍的に発展した.一方で,これらの方法論の背景には高度な数理的理論があり,諸外国においても,一般的な実務家・研究者には難解なものであると言われてきた.しかしながら,これらの方法は米国 National Research Council における調査報告書でも実践において推奨される手法の一つとなっており,応用上の観点からも,近年,ますます注目を集めている.本稿ではPretest-Posttest研究などの単純なモデルの定式化を想定し,これらのセミパラメトリック推測の方法論について邦文による平易な解説を行う.また,実践的な事例として,米国で行われたエイズの臨床試験を事例にした解析例を紹介する.
欠測メカニズムとしてMissing Not At Random(MNAR)を仮定した統計モデルおよび解析手法のうち,医薬品開発で注目されているものの概説を行う.欠測メカニズムは一般に,観測データから確認できないため,主要な解析にMissing At Random(MAR)を仮定する場合にも,真の欠測メカニズムがMNARである可能性は否定できない.また,MNARを仮定した解析はMARを仮定した解析と比較してモデルの誤特定の影響が大きい可能性がある,という指摘もあるため,MNARのもとでの解析を主要な解析とする場合には十分な検討が必要である.本稿では主要な解析に用いられる場合と感度分析として用いられる場合の両方を視野に入れ,Selection Model(SM),Shared Parameter Model(SPM),Pattern Mixture Model(PMM)の各モデルと,パラメータ推定のための方法として,観測データの尤度を用いる方法とMultiple Imputation(MI)により補完する方法について述べる.また,理論の解説のみならず,統計ソフトSASのプロシジャや公開されているマクロプログラムに対する参考文献についても触れる.