自我体験は,最初,現象学者シュピーゲルベルグによって 1964 年に研究報告が出されたが,現在は日本の心理学者によって現象学的ではない方法で研究されている。本研究は,この体験現象を現象学的に研究するための枠組みを描くことを目的とする。過去の自我体験研究をいかにして現象学的な研究へと読み替え,作り変えていったらよいかの議論を行ったのち,ジオルジ(Giorgi, 2009)の,フッサールの方法を質的研究の系譜に位置づけて修正した方法に学びつつ,まず,6 歳にして自我を自覚することで自分が神であることに気付いたという,鮮烈な自我体験事例の現象学的分析を行った。次に,精神医学における現象学的分析と比較するために,自己の自明性の喪失を主訴とする木村(1973)の統合失調症事例との比較を行った。さらに,自我体験の類縁現象である独我論的体験と,統合失調症および自閉症スペクトラム中の独我論的事例を,現象学的に分析比較した。最後に,レンプ(Rempp, 2005/1992)による発達モデルを参考にし,ブランケンブルグ(Blankenburg, 1978/1971)の言う「統合失調症性のエポケー」の考察に基づき,自我体験も独我論的体験も「発達性エポケー」に源泉があるという知見を提起した。現象学的エポケーを企てる哲学者でもなく,精神病理学的エポケーに苦しむ統合失調症や自閉症の患者でもなくとも,「正常」な精神発達過程の途中で,とりわけ児童期に,私たちは,自己の自明性の破れを,つまり自然発生的なエポケーを,経験することがあるのである。
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