質的心理学研究
Online ISSN : 2435-7065
14 巻, 1 号
選択された号の論文の10件中1~10を表示しています
  • 東日本大震災の復興曲線インタビューから
    宮本 匠
    2015 年 14 巻 1 号 p. 6-18
    発行日: 2015年
    公開日: 2020/07/10
    ジャーナル フリー
    災害からの復興支援は,被害からの回復を目指すという意味で未来に向けられた実践である。一方で,復興支援においては,被災者に「寄り添うこと」「ただ傍にいること」というように,現在に向けられた実践が重要であるともいわれる。外部支援者がとるこのような時間論的態度が災害復興過程においてどのような意味をもつのかを明らかにするために,本研究では,2011年の東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市唐桑半島に住む被災者に復興曲線インタビューを行った。復興曲線インタビューとは,被災者に災害から現在までの心の状態をあらわす曲線を描いてもらい,それを意味づけながら復興過程について語ってもらうインタビュー手法である。復興曲線インタビューの結果から,災害により大きな喪失を経験した人が,未来に向けられた実践に困難を覚えるときに,相手のかけがえのなさに重きをおいた外部支援者による現在に向けられた実践が重要であることを指摘し,それを保育の臨床コミュニケーション論において提起された「めざす」かかわりと「すごす」かかわりという概念から考察した。
  • 重要な場としての職員室に着目して
    神崎 真実, サトウ タツヤ
    2015 年 14 巻 1 号 p. 19-37
    発行日: 2015年
    公開日: 2020/07/10
    ジャーナル フリー
    本研究では,通学型の通信制高校(A高校)において教員がどのように生徒指導を成立させるのか,その具体的な方法を記述することを目的とした。約1年間の観察を経て,A高校では生徒指導の場として職員室が活用されていることを見出した。まず,生徒指導の内容を明らかにするために,職員室での交流場面をKJ法に準じて分析した。その結果,7つの生徒指導カテゴリが生成され,これらは定時制や全日制であれば学級単位で行われる指導であることが確認された。次に,なぜ職員室で生徒指導を行うのかを検討するため,生徒と教員が職員室で交流するメリットと背景を示すデータを整理し,A高校における職員室の機能について分析した。その結果,A高校では制度的特色(通信制)と組織的特色(通学型)が重なって教員と生徒の双方に困難が生じる場合があり,その時に教員全体で生徒を支えることで,この困難が解決されることが分かった。具体的には,事務手続きを職員室で一括して全ての生徒が職員室を通るようにし,教員全体で生徒のニーズや状況を把握することで,生徒との交流や生徒同士の輪に入るよう促す関わり(包括的な生徒指導)を可能にしていた。最後に,A高校における生徒指導の知見をもとに,単位制高校や総合学科などの新しいタイプの高校における生徒指導のあり方について考察した。
  • 茨城県大洗町を例に
    李 旉昕, 宮本 匠, 近藤 誠司, 矢守 克也
    2015 年 14 巻 1 号 p. 38-54
    発行日: 2015年
    公開日: 2020/07/10
    ジャーナル フリー
    東日本大震災において福島原発事故の影響は大きく,災害からの復興をより複雑かつ困難にしている。特に,放射能汚染の有無や程度について専門家の間でも判断が分かれる中,何が「事実」で何が「虚偽」なのか,その境界が曖昧となり,そのため,風評被害の様相もこれまでよりも複雑化している。本研究では,まず,東日本大震災における風評被害の実態について概観し,次に,風評被害に悩まされてきた地域の一つである茨城県大洗町において,風評被害に対する受けとめ方や,打開のための取り組みを中心に,現地の住民,マスメディア関係者に対するインタビュー調査を含む綿密なフィールド調査を実施した。その結果,放射能汚染の「あり/なし」をめぐって顕在化している,しかしより小さな「羅生門問題」が,「放射能汚染の視点から見た大洗町/それ以外の視点から見た大洗町」という,より重要で大きな「羅生門問題」を覆い隠している事実が明らかとなった。この構造を克服し,風評被害を乗り越えるためには,放射能汚染をめぐる「安全/危険」に焦点を当てた「危機対応」型のアプローチだけではなく,人気アニメーションと連携した町の活性化事業や若手漁師による新しい漁業モデルの創造の試みなど,放射能汚染の問題とは関係性の薄い契機に光を当てる「契機創造」型のアプローチがむしろ有効性が高いことが示唆された。
  • 研究者の在り様を含めた場の厚い記述から
    赤阪 麻由, サトウ タツヤ
    2015 年 14 巻 1 号 p. 55-74
    発行日: 2015年
    公開日: 2020/07/10
    ジャーナル フリー
    本研究では,病者の生を厚く記述するライフ・エスノグラフィの手法を用いて,慢性疾患病者とその関係者が集う場における場の意味を明らかにすることを目的とした。慢性疾患の具体例として炎症性腸疾患に注目し,当該疾患の病者でもある筆者が立ち上げた場を本研究のフィールドとする。研究1では,参加者にとっての場の意味として【同病者同士ならではの話ができる】【「患者/関係者」という枠組みを超えて自分としていられる】【主体的な活動のきっかけ】【自己充足的な場】があり,それらの意味をつなぐ独特の文化として【自由に気兼ねなく本音で話せる雰囲気】【それぞれが主役】【形にとらわれない】が共有されていると特徴づけられることが示された。研究2では,場と共にある「研究者」「実践者」「当事者」を中心とした多重なポジションをもつ筆者の実践の在り方を筆者の視点から記述した。これら2つの視点からの記述を通して,この場が筆者を含め,集う人にとって「そのままの自分」としていられる場であることが示唆された。本研究は,フィールドにおいて多重なポジションを持つ筆者が自らの実践を発信していくにあたって,単なる「自分語り」ではなく公共性を保ちつつ,さらに筆者自身の存在を捨象せずに記述する新たな方法論的枠組みを構築する試みである。
  • 菊地 直樹
    2015 年 14 巻 1 号 p. 75-88
    発行日: 2015年
    公開日: 2020/07/10
    ジャーナル フリー
    「何のための研究か?」というフィールドで出会う人びとからの問いに応えうる一つの研究方法として,地域社会に定住する科学者・研究者であると同時に,地域社会の主体の一員でもあるという立場から,地域の実情に合った問題解決型の研究を推進するレジデント型研究がある。それは研究者と地域住民の一員といった複数の立場の往復作業を通じて,地域のリソースとなりうる知識の生産と社会実践を再帰的に試みる方法である。本稿では,レジデント型研究の方法としての可能性を検討するため,兵庫県豊岡市周辺において進展している絶滅危惧種コウノトリの野生復帰プロジェクトに参加してきた筆者自身の研究を取り上げ,フィールドの人びとの問いに応える中で形成してきた協働する再帰的な研究方法を検討した。その結果,レジデント型研究の方法論的な特徴として第1に研究成果が社会のなかで評価をうけること,第2に研究者と地域住民といった複数の立場を往復すること,第3に再帰的な当事者性を有すること,第4に循環的な方法を有すること,第5に共感的な理解を試みること,第6に漸近線的接近という6つを導き出した。
  • ブルーナーの方法
    横山 草介
    2015 年 14 巻 1 号 p. 90-109
    発行日: 2015年
    公開日: 2020/07/10
    ジャーナル フリー
    文化心理学の学的潮流におけるブルーナーの位置づけは1990年に上梓された著書『Acts of meaning』をもってなされるのが主である。一方で,その受容は宣言としての評価が一般的なものであり,その構想の実が体系立てて論じられ,十分な吟味検討に晒される機会は,これまで必ずしも多くはなかった。そこで本稿では,同著を基軸として彼の文化心理学構想を再訪し,その構想の射程を論究することを目的とした。その結果本稿で明らかにし得たことは,彼の仕事に内在する「人間の精神の働きはあらゆる認識論に先行する」という命題である。この命題ゆえに,彼の文化心理学は,人間の精神の働きを人々の日常的な実践の所産として立ち現れる多義的な意味の内に捉えることを企図して展開する。彼の文化心理学は人びとの心理学的常識としてのフォークサイコロジーをその方法論的な対象に据える。そして,人びとの日常的な実践において最もなじみ深く,影響力を持つ文化的道具の一つをナラティヴとして措定する時,彼の文化心理学の基底に据えられるフォークサイコロジーへの探求は,人びとの実践の中のナラティヴの探求へと向かうことになる。ここに彼の文化心理学構想をナラティヴの文化心理学として再定式化することの可能性が拓かれる。
  • 矢守 克也, 杉山 高志
    2015 年 14 巻 1 号 p. 110-127
    発行日: 2015年
    公開日: 2020/07/10
    ジャーナル フリー
    「Days-Before」とは,破局的な出来事を知る由もなかった事前に実際に存在した語り,事後にそれを再生しようとする語り,もしくは出来事をあえて意識せずに事前について語ろうとする語りを総称する。これらの「もう」おきた出来事をあえて「まだ」おきていないものとして語る語りに注目するのは,教訓・備えの語りにせよ,回復・克服の語りにせよ,多くの語りが当該の出来事を前提にしている点で一つのドミナントストーリーの影響下にあるからである。本稿では,「Days-Before」を,その対極にある「Days-After」,すなわち「まだ」おきていない出来事について,あえて「もう」おきたものとして語ることと連動して用いることで,以下の3点が実現することを理論的に示す。第1に,「Days-Before」は,コンサマトリーな時間の重要性への気づきを促す。それは,出来事というフィルターを介した現実ではなくそれ自体として価値のある現実に光を当てる。第2に,「Days-Before」は,「Days-After」との相乗作用によって,出来事の事前にある人びとを,それを回避するためにインストゥルメンタルな意味で有効な行為に導く。第3に,「Days-Before」は,被災者など実際に出来事の事後に立つ人びとに対しても,フラッシュバックなど否定的な影響だけでなく,新たな世界像の獲得など肯定的な効果を生む。
  • 在宅ケアを望んでいた親の施設利用に焦点を当てて
    山田 哲子
    2015 年 14 巻 1 号 p. 128-145
    発行日: 2015年
    公開日: 2020/07/10
    ジャーナル フリー
    日本では,成人した知的障がい者の7割以上が家族と共に暮らしており,「親亡き後」を視野に入れた家族支援が益々重要になっている。本調査では,緊急に知的障がいのある子どもを施設に預けざるを得なくなった母親4名に焦点を当て,半構造化面接によるインタビュー調査を行い,複線径路・等至性モデル(TEM)にて分析した。その結果,プロセスは【1.緊急期】,【2.葛藤期】,【3.安定期】に分かれた。母親は子どもを施設に預けると,様々な心理的困難を経験していた。その中で,母親が施設に面会に行き,子どもに良い変化が起きたと気付くことで安定していく径路を見出した。一方,自分がケアを担えないから子どもの施設利用も仕方がないと諦める径路も存在した。子どもを施設に預けるという出来事に対する母親の評価には,施設生活をする子どもの様子を親がどう捉えるかが影響していた。また,面会に行かない母親は,施設の様子を目にしないことで母親が既に持っていた施設の悪いイメージから子どもの施設生活に対して否定的になる危険性が示された。これらのことから,在宅ケアを希望している家族には緊急事態に備えた支援が,利用直後の親にはその心理面のケア,そして子どもの施設移行が安定した後も親の感情面の傾聴や親亡き後に備えた支援が家族に対して求められる。
  • “ドナー家族に対する看護ケアの発展に向けて”
    田村 南海子, 塚本 尚子
    2015 年 14 巻 1 号 p. 146-165
    発行日: 2015年
    公開日: 2020/07/10
    ジャーナル フリー
    本研究は,ドナー家族(以下,家族)が脳死下臓器提供の一連のプロセスで体験した出来事とその心理的軌跡はどのようなものであるか,提供後の家族の長期的な受けとめに,一連のプロセスのうちどのようなことが影響を与えるのかを明らかにすることを目的に行った。ライフストーリー法を参考に脳死下臓器提供を体験した家族3名の研究参加者に,半構成的インタビューを行い分析した。その結果,家族は患者の脳死状態を死と認識することを契機とし,患者の人生の意味の探索を始め意味を見いだす過程で臓器提供の意思決定をしていた。脳死下臓器提供の意思決定に際し,家族はドナーの生前の価値観が明確である場合ドナーの価値観を優先し,それが明確でない場合,家族の価値観に照らし合わせ意思決定していた。ここで,家族とドナーの価値観が一致することは,家族が自身の価値観を再構成したり強化したりすることになり,臓器提供の意思決定を肯定的に受けとめることに影響していた。一方,家族とドナーの価値観が一致しないまま意思決定している場合,家族の心理的揺らぎが継続していた。この過程で再構成されたり強化されたりした家族の価値観は,臓器提供中~後における家族の心理的揺らぎの支えとなり,提供後の心理にも影響していた。また,脳死下臓器提供の各局面における看護師のケアは,家族が患者の人生の意味を見いだす過程に影響を及ぼし,その影響は提供後の家族の生き方にまで及んでいた。
  • 質問紙調査を事例として
    矢守 克也
    2015 年 14 巻 1 号 p. 166-181
    発行日: 2015年
    公開日: 2020/07/10
    ジャーナル フリー
    国内外を問わず,また研究・実践分野を問わず,近年,質的な研究アプローチや質的なデータの重要性を強調する声が高まり,事実多くの成果があがっている。しかし,従来主流であった量的なアプローチに対して,質的なアプローチを単に批判的に対置するだけでは不十分で,双方のアプローチの長所・短所を十分に見極めた上で,両者の間の緊張感ある融合,効果的な併用を求める声も強まってきた。この現状認識を踏まえて本稿で重視し検討したのは,量的なデータを徹底して質的に取り扱い,また分析することを通して,質的・量的両アプローチの融合を図ろうとする方向性である。具体的には,本稿では,質問紙調査によって得られる量的データを事例に考察した。この際,質問紙調査とは,調査者と回答者の間でなされる言語的コミュニケーションだとの原点に立ち返り,次の2点に関する分析を具体的な事例を通して行った。第1は,個々の質問項目をめぐる応答(回答者の言葉)の実存的意味を読み取る作業である。第2は,質問をめぐる言葉のやりとりが始まる以前の言わば舞台裏に隠れたコミュニケーションに注目し,それを通して回答者の「生きるリアリティ」に迫ることである。具体的には,個別の設問に対するDK・NA回答,そもそも調査に応じないこと,および,非協力的回答パターンの意味について検討した。最後に,トライアンギュレーションや混合研究法の視点から本研究の意義を位置づけた。
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