質的心理学研究
Online ISSN : 2435-7065
6 巻, 1 号
選択された号の論文の10件中1~10を表示しています
  • 幼児が「他の子どもと同じ物を持つ」ことに焦点を当てて
    砂上 史子
    2007 年 6 巻 1 号 p. 6-24
    発行日: 2007年
    公開日: 2020/07/06
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は,保育実践の場における子どもが「他の子どもと同じ物を持つ」ということに注目し,幼児期の人間関係と物がどのように結びついているのかを保育実践の場における物の意味を考慮して明らかにすることである。幼稚園での観察によって得られた事例の分析から,以下の点が見出された。(1)他の子どもと同じ物を持つことは,一緒に遊ぶ仲間であることと結びついている。(2)他の子どもと同じ物を使うことは,同じ動きをすることのなかに埋め込まれる形で,遊びのイメージや仲間意識の共有と結びついている。そして,保育実践における子どもの人間関係と物との結びつきに関して,以下の可能性が考察された。(3)他の子どもと同じ物を持つことが仲間であることと結びつくことは,物の視覚的効果の強さと永続性に関連がある。(4)保育実践における物とは,遊びのイメージや人間関係などの多様な意味を帯びたものである。
  • 「立ち戻り」過程に支えられた子どもたち同士の足場がけに注目して
    河野 麻沙美
    2007 年 6 巻 1 号 p. 25-40
    発行日: 2007年
    公開日: 2020/07/06
    ジャーナル フリー
    本研究は,教室談話を通した課題解決学習を進める算数授業を対象に,児童の理解過程を検討したものである。教師が提供した学習を支援するための数学ツールではなく,教室談話を通して,子どもたちが作り上げた独自の絵図が互いの学習を支援し,理解深化を促した事例に即して,教室における知識構築の過程を分析した。絵図の生成過程における,教室談話と図の使用から捉えられた理解過程を検討し,数学ツール理解の様相と比較すると,図の表象が果たす役割に違いがみられた。学習を支援するはずの数学ツールは,子どもたちの理解を表象する図とはならず,絵図は,子どもたちの知識や思考スタイルの集大成となっており,さらに概念を可視化する数学的表象としての役割と,場面を表象する具体性を持ち合わせていた。Cobb らの数学理解を支援する活動の性質を捉えた「立ち戻り」概念にある共有・再共有の過程は,概念を可視化し,場面を表象するこどもたちの絵図がイメージとして機能し,また,くり返し立ち戻る過程で,子どもたちが様々な表現を用いて説明することで,子どもたちによる足場組みがなされ,子どもたちの理解深化が支えられていたことが分かった。
  • なぐり描きに先立つ表現以前の“表現”
    西崎 実穂
    2007 年 6 巻 1 号 p. 41-55
    発行日: 2007年
    公開日: 2020/07/06
    ジャーナル フリー
    本研究は,乳幼児 2 名の日常生活で見られる「痕跡」をつける行為の変化から,知覚的発達の一側面を捉えることを目的とした。これまで,乳幼児期の「痕跡」に関連した研究といえば,描画発達の研究に限定されてきた。「なぐり描き」が描画発達の初期とされ,それ以前についての詳細な検討はなされていない。そこで本研究では,乳幼児 2 名(男児)を対象に生後 2 ヶ月から 18 ヶ月までの約 1 年半,縦断的観察を行った。本研究で着目した「痕跡」とは,乳幼児が跡を生じさせる対象を選択し,その対象の表面を変更させようとしている自発的行為からなるものを対象としている。観察から,以下のことが明らかになった。(1)初めて「痕跡」をつける行為が出現したのは,生後 2 ヶ月頃であり,18 ヶ月を過ぎた時点でも継続されていた。ここから,乳幼児は描画行為開始以前に,全身を用いて表面の変形を学び,「痕跡」を生成していることが明らかであった。(2)乳幼児にとって「痕跡」をつける行為は,対象とする物質の表面の変化・変形の技能の習得の機会となっていた。これは,乳幼児の身の回りにある日用品の性質と,それに応じた自己の動きを制御する方法についての学習が,「痕跡」を通して行われることを意味していた。
  • 青木 美和子
    2007 年 6 巻 1 号 p. 58-76
    発行日: 2007年
    公開日: 2020/07/06
    ジャーナル フリー
    本研究は,記憶に障害を持つ高次脳機能障害者が生活の場において現在(いま)をどのように生きているのかをフィールドワークによって明らかにしようと試みたものである。ある作業所に通う,記憶に障害を持つ高次脳機能障害者 3 人の行為から記憶のありようを見ていくことにより,生活の場において記憶障害がどのように現れるのかを分析した。これを通して,高次脳機能障害者が自分の記憶障害をどのように経験しているのか,そして周りの人々と共にどのような生活世界を作り上げ生きているのかの検討を行なった。メンバーの記憶障害の特徴は,過去のある時間の記憶がなくなること,記憶を想起できてもその一部が欠落してしまうこと,行為に必要な記憶をタイミングよくまとまりのあるものとして想起できないこと,記憶を想起できるまでに時間がかかることなどである。しかし,これはいつもではなく,「時折」であった。また,作業所では,メンバーとスタッフが作り出した「システム」によって記憶障害が見えにくくされていた。高次脳機能障害は,外見から障害がわかりにくいという意味で「見えない障害」と言われてきたが,当事者とそれを援助する人との関係によっても「見えない 障害」になることが考察された。
  • 外へ出て‐内に帰ることに注目して
    松本 光太郎
    2007 年 6 巻 1 号 p. 77-97
    発行日: 2007年
    公開日: 2020/07/06
    ジャーナル フリー
    著者は,高齢者が居住する特別養護老人ホームに通い,入居者と室内外においてともに時間を過ごすかかわりを重ねてきた。入居者とかかわり続ける中で,施設環境は高齢者が生活する場所として大切な何か,言い換えると,当たり前に訪れるべき何かしらの日常体験が欠けてしまっているように感じられてしまう。その当たり前に訪れるべき日常体験として,本論においては「外へ出る」という事象に注目した。そして,外へ出ることに含まれる意味を探索するために,著者が同伴した入居者との外出に際して実現した行為や生成した体験を描き出し,さらに解釈を示した。それらの過程を経て,外へ出ることに含まれる意味とは,行為が実現し,体験が生成することそのものという見解を示した。つまり外へ出ることに含まれる意味とは,事象の外部から「意味的である」と指し示すものではなく,描き出された行為や体験の内部に入り込みその質を感受することであることを示唆した。最後に,施設環境においては「外」と「内(家)」という区分が自明なものとして定位できないことを指摘し,施設内外に潜在していると思われる行為や体験の整理を通して,高齢者の生活において大切な欠かさざることをより明らかにしていくことを今後の課題とした。
  • 個人的・社会的側面による仮説的モデル生成の試み
    盛田 祐司, 阿部 真里子
    2007 年 6 巻 1 号 p. 98-120
    発行日: 2007年
    公開日: 2020/07/06
    ジャーナル フリー
    中途身体障害者の心理的回復過程を考える場合,障害受容理論が一般的である。しかし本論文では,当事者の視点からその体験を捉えることを目指してライフストーリー研究を行った。筆者は‘ネットワーキング・ケア’という新しい概念を提唱した上で,2 名の身体障害者のライフストーリーを多角的に考察した。その結果,身体障害者の心理的回復においては‘身体的つながり’と‘対人的つながり’が重要であることが見いだされた。さらに,その回復過程を表す仮説的モデルとして,‘相互作用’モデルと‘死と再生’モデルを示した。
  • ミニチュアの舞台と人形を用いた継時的調査の一事例に着目して
    岡本 直子
    2007 年 6 巻 1 号 p. 122-139
    発行日: 2007年
    公開日: 2020/07/06
    ジャーナル フリー
    本研究では,人間の内的世界の表現を動きのある劇的なもの,すなわち「ドラマ」としてとらえた。そして,「ドラマ」に着目することで,心理臨床の場におけるクライエントの「ドラマ」表現の意味を理解する手がかりを得ることを目的とした。方法としては,心理臨床の場に近い枠組みに則って,「ドラマ」と振り返り面接からなる調査を「表現者」B を対象に継時的な形で実施し,「ドラマ」を表現する意味について個性記述的立場から検討を行った。調査は毎週 1 回,同一曜日の同一時間に設定し,10 回行った。その結果,10 回の調査のプロセスを経て「表現者」B が「ドラマ」のキャラクターに肯定的イメージと否定的イメージを投影し,次第にこれらのイメージを自己のなかに統合していったこと,「ドラマ」の架空性に安心感を抱き,日常においては抑えている衝動をその安心感に支えられながら表現するようになったことなどが示唆された。さらに,「表現者」B と見守り手との関係性の構築も推察された。
  • 竹田 恵子
    2007 年 6 巻 1 号 p. 140-157
    発行日: 2007年
    公開日: 2020/07/06
    ジャーナル フリー
    生殖技術の受診は受診者の身体に大きな負担をかけるが,受診者の身体観に焦点を当てた質的研究は少ない。本稿では近年の生殖技術を受診する女性がおかれている状況を分析するため,彼女たちが受診に際して抱いている身体観に着目した。9 名の協力者のインタビューデータを分析した結果,医学的な身体理解に基づく「医学的身体観」,主観的な身体感覚に基づく「生なまの身体観」,および民俗的な言説を基盤とする「素朴な身体観」が存在することがわかった。なかでも「医学的身体観」と「生なまの身体観」の間には「連動」「齟齬」「衝突」といった相互作用がみられ,それぞれの相互作用状態が,受診へ〈向かう〉,受診を〈継続する〉,受診を〈問い直す〉といった受診行動の指針を与えていた。また,「素朴な身体観」は受診現場では後回しにされがちな生命の神秘性を担保する役目を担っているほかに,生殖が本来持っている社会性を再確認するためにも必要であることがわかった。
  • 白尾 久美子, 山口 桂子, 大島 千英子, 植村 勝彦
    2007 年 6 巻 1 号 p. 158-173
    発行日: 2007年
    公開日: 2020/07/06
    ジャーナル フリー
    がん告知をされ手術を体験する人々が,病気や手術に対して現実的に対処ができるための心理的サポートを検討することを目標に,彼らの手術前・後の心理的過程を明らかにした。がん告知を受け手術を受ける 10 名に対して,看護師として看護ケアに直接かかわりながら観察記録を作成し,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて分析を行った。がんで手術を受ける人々の心理的状況は,手術前にはがんおよび死への脅威が強く,直視することを恐れ,手術に治癒の可能性を託すという【がんによる死の脅威の回避】がみられた。手術後は,様々な苦痛を体験し苦闘しながらも,もとの生活に戻れることを期待し,回復のため自分なりに努力をしていた。しかしがんが体から完全に取り除かれるという保証が得られないことに気づき【終結がみえないがんとの苦闘】を呈していた。がん告知を受け手術を体験する人々は,あたかも何事もないように平静を装っているが,非常に複雑な心理的状況にあるため,常に関心をよせ,彼らが実践可能な手術への準備を促すことが有効であると考える。
  • 多重の現実,ナラティヴ・テクスト,対話的 省 察 性
    やまだ ようこ
    2007 年 6 巻 1 号 p. 174-194
    発行日: 2007年
    公開日: 2020/07/06
    ジャーナル フリー
    質的研究の新たな方法論として「質的研究の対話的モデル構成法(MDMC)」を提案し,その前提となる理論的枠組モデルを構成し,次の 3 つの観点から考察した。1)多重の現実世界と対話的モデル構成:現実世界は一つではなく,多重の複数世界からなり,研究目的によってどのような世界にアプローチするかが異なる。対話的モデル構成がアプローチする世界は,「可能的経験世界」と位置づけられる。他の「実在的経験世界」「可能的超越論世界」「現実的超越論世界」との対話的相互作用が必要である。2)多重のナラティヴのあいだを往還する対話:ナラティヴ研究者がアプローチする現 場 フィールドとナラティヴの質の差異も多重化すべきである。そこでナラティヴの現場を「実在レベル:当事者の人生の現場」「相互行為レベル:当事者と研究者の相互行為の現場」「テクスト・レベル:研究者によるテクスト行為の現場」「モデル・レベル:研究者によるモデル構成の現場」に分けて,それらを対話的に往還する図式モデルを構成した。3)「ナラティヴ・テクスト」と「対話的省察性」概念:対話的モデル構成において根幹となる二つの概念について,研究者がテクストと対話的に「語る」「読む」「書く」「省察する」行為と関連づけて考察した。テクストは,文脈のなかに埋め込まれていながら,相対的に文脈から「はなれる」(脱文脈化・距離化)ことによって,新しい「むすび」をつくり,物語の生成を可能にする。
feedback
Top