長野県を中心とする中部高地は,高原,湖沼,盆地などからなり,旧石器時代遺跡が集中することで知られている.野尻湖は長野県北部に位置し,その西岸に有名な立が鼻遺跡がある.立が鼻遺跡では,1962年から2000年までに14回にわたる発掘調査が行われ,ナウマンゾウ,ヤベオオツノジカ化石とともに旧石器遺物が出土している.最も重要なものは,石器と骨製のクリーヴァー,スクレイパー,ナイフ,剥片などを含む骨器である.これらの旧石器遺物と大形獣の化石は48~33kaのものであり,酸素同位体ステージ(OIS)3の前半期にあたる中期旧石器時代の最後に位置づけられる.
飯田市の竹佐中原遺跡・石子原遺跡,中野市の沢田鍋土遺跡・がまん淵遺跡などは,立が鼻遺跡と同様に,中期旧石器時代に属する可能性があるが,確実な証拠という点では問題がある.中期旧石器時代に対比される可能性のある複数の遺跡があることからみて,中部高地は旧石器研究に重要な地域である.
OIS3の後半にあたる後期旧石器時代前半期には,野尻湖周辺に多くの遺跡が集中しており,局部磨製石斧,台形(様)石器,ナイフ形石器などに特徴づけられる.OIS2の同後半期になると,中部高地の全域に遺跡が増える.野尻湖周辺では,杉久保系石器群,瀬戸内系石器群,そして尖頭器石器群などが出土する.
霧ヶ峰,八ヶ岳周辺の黒曜石原産地の近くには,多くの遺跡が分布する.これらの旧石器時代遺跡は,たいへん標高の高いところにまで立地している.飛騨山脈を越えた飛騨地域で産する下呂石(湯ヶ峯デイサイト)や黒鉛を含む沢式土器が中部高原地域にも広く分布することは,後期旧石器時代後半以降にこの地域における活発な人の移動と交易がはじまったことを示唆する.
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