本研究は,遺跡から発見された昆虫化石を用いて先史~歴史時代の人々がどのような環境下でどのように生活していたか,また遺跡から見つかった昆虫から古代の人々が何を食べ,どんな仕事を行っていたか考察したものである.
縄文時代中期の埼玉県デーノタメ遺跡では,ヒトが植栽した果樹や畑作物などを加害する食植性昆虫を多産した.当時の人々が自然植生を作り変え,集落の周りに有用植物を植栽していたと考えられる.中世の愛知県清洲城下町遺跡からコクゾウムシ・ノコギリヒラタムシなど貯穀性昆虫を多産する遺構が確認され,その周辺に穀物貯蔵施設が存在したことが示された.岐阜県宮ノ前遺跡における晩氷期の昆虫群集を調べ,植物化石で推定された古環境と昆虫化石で得られた古環境にタイムラグがあることを明らかにした.
平安時代の山形県馳上遺跡からウルシに絡めとられた昆虫が見つかり,これが厳冬期にのみ成虫が現れるニッポンガガンボダマシと同定された.この結果,当時の人々が冬季に漆塗り作業を行っていたことが示された.縄文時代中・後期の青森県最花遺跡および同県富ノ沢(2)遺跡の土器片から2点の幼虫圧痕が検出され,1点がキマワリ,もう1点がカミキリムシの仲間と同定された.両者とも土器製作現場に生息することがないため,ヒトが食材など何らかの目的をもって採集したものであるとした.青森県三内丸山遺跡(縄文時代前期)のニワトコ種子集積層から見つかったサナギがショウジョウバエと同定されたことから,この種子集積層は酒造りに利用されたものと推定した.天明3(1783)年の浅間泥流に襲われた群馬県町遺跡より穀物にまぎれたゴミムシダマシが確認され,ゴミムシダマシが貯穀害虫であったことが示された.