水素を燃料とするため走行時にCO2を排出しない燃料電池自動車(FCV)が注目を集めている.市販が開始されたFCVには,固体高分子形燃料電池(PEFC)スタックが搭載されており,主要部材である膜電極接合体(MEA)は高分子膜,電解質および電極触媒から構成される.電極触媒にはカーボン担体にPtなどの貴金属を高分散担持したもの(Pt/Cなど)が使用されている.
PEFCの発電性能や耐久性と電極材料の構造変化には密接な関係があるため,関連する研究が広く行われている.特に,発電性能の劣化には電極触媒の構造変化が大きく影響することから,その劣化メカニズムの解明が必要不可欠である.
電極触媒の劣化メカニズム解明の手法としては透過電子顕微鏡(TEM)が用いられることが多い.
単セルを用いた耐久評価試験前後のMEAから取り出した電極触媒をTEM観察すると実環境での劣化傾向を推察することはできる一方,同一触媒粒子の構造について経時変化を解析することは不可能である.また,同一触媒粒子の構造変化を観察する手法として,ドイツのMeierらは水溶液系でPt/Cの起動停止を模擬した試験を行い,試験後にはPt粒子の凝集,溶出,脱離,カーボン担体の腐食が起きることを確認している.しかし,この手法ではPt/Cは常に水溶液中に存在するため,発電時に試料が置かれたガス雰囲気が構造変化に与える影響を明らかにすることは難しい.したがって,同一触媒粒子の構造変化を経時的に観察し,劣化メカニズムを明らかにするにはその場(in situ)TEM観察が重要となる.
我々の研究グループは環境制御型透過電子顕微鏡(環境TEM)を用いたその場TEM観察技術を開発し,燃料電池の発電状態を模擬するガス雰囲気で電極触媒劣化過程の直接観察を行っている.既報ではMEA中のカソード(正極)の実作動雰囲気を想定し,環境TEM試料室に異なった湿度の空気雰囲気を作り,水分がPt/Cの構造変化に与える影響について検討した.その結果,乾燥空気雰囲気では,カーボン担体の劣化が先行し,それにともなってPt粒子の凝集,粒成長が起きるが,高湿度空気雰囲気ではPt粒子の活発な移動,凝集,粒成長がカーボン担体の腐食を誘発するという興味深い現象を世界ではじめて明らかにすることに成功した.
本報では,電解質(Nafion)付きのPt/C電極触媒を既報と同様の環境でその場TEM観察し,電解質がPt/Cの劣化にどのような影響を与えるか検討を行った.
抄録全体を表示