自動車排気ガスの健康影響はこれまで動物曝露実験を中心に評価されてきた.この手法では生体への影響を直接評価できるため,重要かつ説得力のある情報を得ることができる.しかしながら,多大な費用と時間がかかること,実験動物使用に関する倫理的な問題などから,動物曝露実験は欧州を中心に減少傾向にある.
このような背景の中,「試験管内で」を語源とするin vitro試験に対する関心が高まってきている.健康影響評価のin vitro試験では培養細胞を使用することが多いが,細胞単位の評価となり,得られた結果をヒトの健康影響に直接反映させることは困難である.しかしながら,その簡便性により,化学物質などの安全性,有害性評価には優れた試験法として認識されており,様々な分野で適用されつつある.したがって,in vitro評価法は排気ガスの影響評価においても,有効なスクリーニング法として期待されている.
排気ガスは主に呼吸により体内に取り込まれる.そのため,排気ガスの健康影響に関する報告では,最初の標的器官である呼吸器(鼻,気管,気管支,肺など)への影響に関するものが多く占めている.
in vitroでの曝露評価においても,ヒト呼吸器系細胞(特に上皮細胞)を使用したものが多い.呼吸器系上皮細胞は呼吸器表面を構成する細胞であり,外気と接触している.そのため,呼吸により取り込まれた排気ガスは上皮細胞に直接影響を与えると考えられる.これまでのin vitroでの曝露評価には液体培地に評価物質を添加する方法が取られていたが,生体により近い環境を提供可能な気液界面培養下での細胞曝露評価が近年増加している.
気液界面培養とはセルカルチャーインサートの多孔メンブレン上に細胞を播種し,上側を気相とし,下側よりメンブレンを介して培地を供給する培養法であり,呼吸器系や皮膚,角膜など,外気と接触している器官の細胞などに活用されている(Fig. 1).培養と同時に,気相を介しての曝露が可能であり,ガス成分や揮発性物質,粒子状物質の細胞曝露に適していると考えられる.CULTEXRなどの気液界面培養を活用したin vitro細胞曝露装置も開発されており(Fig. 2),それらを活用した有害性評価の報告数も増加している.
しかし,ここで留意しなければいけない点は曝露時の気相の湿度である.通常,ヒトが自然呼吸する場合,吸入された空気は上部気道を通過していくうちに気道粘膜から加湿され,気道分岐付近では相対湿度100%になる.したがって,曝露時の気相の湿度が低い場合は,乾燥による時間依存性の細胞傷害が生じ,評価物質に有害性がない場合でも見かけ上,有害性があるように見誤ってしまう可能性がある.実際に,気液界面培養下での細胞曝露試験では2時間以内の短時間曝露のものが多くみられるが,この乾燥による細胞傷害の限界を考慮しているのかもしれない.一方,評価物質によっては,長時間の曝露評価が重要になると考えられる.しかしながら,上記のような細胞表面の乾燥が課題となり,長時間の曝露評価法はいまだ確立されていない現状である.
そこで本研究の目的は,気液界面培養下での細胞への長時間での曝露を実現するための乾燥対策として,1)水分を直接細胞に供給可能な,組織培養用コラーゲンゲル培地上での細胞培養,2)試料ガスの加湿,を実施した.上記の乾燥対策を施すことにより,in vitro細胞曝露装置において培養細胞を安定して維持可能であるかを観察し,乾燥対策の有効性を検討した.
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