大気中の粒子状物質は,呼吸器や循環器等の人体への健康影響が懸念されている.国内の大気環境は近年改善傾向にあるものの,微小粒子状物質(PM2.5)については環境基準未達成となっている地域もある.粒子状物質の約3割は炭素成分が占めており,無機炭素と有機炭素(Organic Carbon, OC)に分けられる.さらに,無機炭素は元素状炭素(Elemental Carbon, EC)と炭酸塩炭素から構成されている.ECは主に石油や石炭燃焼,自動車排出ガス等人為起源からの一次排出によるものである.一方,OCは発生源から直接排出させる一次粒子と揮発性有機化合物等が大気中で反応してできる二次粒子の両方を含んでいる.そのため,OCに含まれる化合物は数百種類以上にも及ぶとされている.大気汚染の低減を考える上では,各発生源からの寄与を算出することが非常に重要である.
近年,粒子状物質の発生源を推定するための手法として安定同位体が用いられ始めている.安定同位体は,石油や植物,食品等の発生源や生産地,生成過程による違いを識別するための有用な手法である.90年代以降,前処理装置である元素分析計(Elemental Analyzer, EA)やガスクロマトグラフ(Gas Chromatography, GC),液体クロマトグラフ(Liquid Chromatography, LC)と安定同位体比質量分析計(Isotope Ratio Mass Spectrometer, IRMS)が接続したEA/IRMS,GC/IRMS,LC/IRMSが実用化された.現在までに食品分野や環境分野,スポーツ科学分野等幅広い分野で利用されている.上記の装置は,一部を除いて炭素や窒素,水素,酸素,硫黄の安定同位体比を測定することが可能である.最も広く利用されているのは炭素安定同位体比(δ13C)であるが,近年は窒素や硫黄安定同位体比にも注目が集まっている.
そこで本稿では,安定同位体比の原理や計測方法を整理し,安定同位体比を用いた粒子状物質の研究事例について総説する.また,窒素や硫黄安定同位体比等の多元素同位体比を用いた粒子状物質の測定例について紹介する.
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