気道感染症は,解剖学的および病態の違いから,上気道感染と下気道感染に分けられる。上気道感染症は,主としてウイルス感染であり,その多くは自然治癒する。しかし急性喉頭蓋炎,扁桃周囲膿瘍,咽後膿瘍など呼吸困難を伴い重症となる細菌感染もみられる。また近年認められているヒトメタニューモウイルス (human metapneumovirus : hMPV-B2) など新興ウイルス感染にも注意する必要がある。一方,下気道感染症の多くは細菌感染である。気管支拡張症,COPD,陳旧性肺結核などが多くみられる。これら,慢性気道感染症の起炎菌は,初期にはインフルエンザ菌,肺炎球菌などが多いが,繰り返す感染症および抗菌薬治療により最終的には緑膿菌に置き換わる。緑膿菌は,バイオフィルムの形成やquorum sensing機構などにより抗菌療法に抵抗性となり難治化する。また近年では,PRSPや市中型MRSAが増加しており気道感染症においても今後注目する必要がある。
2012年以降中東では中東呼吸器症候群 (MERS) が発生し,第2のSARSとなる可能性が懸念されている。2015年には韓国でもアウトブレイクが発生し,WHOも介入する世界的な問題となった。本疾患が拡散した一つの要因として,特にサウジアラビアを中心に医療関連感染として患者および医療従事者間で流行したことがあげられている。そればかりでなく,中東で曝露した者が飛行機を用いて欧州,北米などに移動し,同地で発症する等の事態も起こっている。加えてラクダがMERSコロナウイルスを保有していることが明らかになってきており,ラクダの国境を越えた売買による本ウイルスを有するラクダの移動なども感染の伝播の観点から注目されている。
H5N1鳥インフルエンザAは1998年に最初の感染例が香港で報告されたが,2003年から再び東南アジアを中心に発生している。H5N1インフルエンザの出現は,感染症に対する世界的な危機意識を高めた。なぜならば本疾患の流行は,将来くるであろうインフルエンザのパンデミックへの懸念を呼んだからである。また現在では中華人民共和国を中心にH7N9鳥インフルエンザがみられている。本疾患は2013年2月に発生し,同年夏に収まったかに思えたが,同年秋以降再度患者が発生し発生国も中国以外に広がっている。
結核対策により日本の結核罹患率は10万対15.4 (2014年) まで減少したが,欧米先進国の結核罹患率が10万対3~5前後の現状と比較すると依然として高率である。2014年には19,615人の結核患者が新たに登録されている。わが国は結核の中蔓延国である。臨床現場では結核患者に常に遭遇する機会があることを認識し,結核患者を早期に診断し,適切な治療を行わなければならない。
近年,NTM症の増加が指摘されており,特に中年以降の基礎疾患のない女性に発症した肺MAC症の増加が顕著である。NTM症に関しては全国レベルのサーベイランスはなく,いくつかの研究グループの推定罹患率が報告されている。それによると2007年では10万対5.7であったが年々罹患率は上昇し,2014年には10万対14.7と推定されている。NTM症の増加の理由については,高齢化,治癒しない患者の蓄積,疾患に関する関心の高まり,診断技術の進歩などが指摘されているが明確ではない。MAC症が最も多く約80%を占め,M. kansasii症 (8%),M. abscessus症 (3%) と続く。M. kansasii症以外は治癒は困難である。
肺炎の診断は特有の臨床像 (咳嗽,発熱,喀痰,胸膜由来の胸痛など) に基づいて行われ,通常胸部X線検査による新しい浸潤影の出現などの画像所見で確認される。適切な化学療法を行うには原因微生物の同定と薬剤感受性検査が重要となる。しかし原因微生物の結果が得られるのには数日を要するため,実際の初期治療には経験的治療が行われている。抗菌薬の選択に際しては,肺炎における原因微生物の統計学的頻度に基づいて行われるべきであるが,塗抹検査,抗原検査などの迅速検査の結果を参考にすることでより精度の高いものが期待できる。近年,感染症検査に遺伝子検査や質量分析計検査の臨床応用が始まっている。市中肺炎で最も頻度が高い原因微生物は肺炎球菌である。成人に対して使用可能な肺炎球菌ワクチンは23価莢膜多糖体型肺炎球菌ワクチンと13価蛋白結合型肺炎球菌ワクチンがある。それぞれの特徴を考慮した使い分けを推進することが肝心で,そのためには肺炎球菌血清型のサーベイランスが重要である。
ヒトのインフルエンザはインフルエンザAあるいはBウイルスによって起こる急性疾患である。インフルエンザは「季節性インフルエンザ」「ヒトの鳥インフルエンザ感染症」ならびに「パンデミック株インフルエンザ (新型インフルエンザ) 」に分類できる。「季節性インフルエンザ」は温帯地域では毎年冬に流行する。「ヒトの鳥インフルエンザ」は,A (H5N1) やA (H7N9) などの鳥のインフルエンザウイルスによって起こる。鳥とヒトとの間には種の壁があるためウイルスは容易にはヒトに感染しないが,これらのウイルスは稀にヒトに重篤な疾患をもたらすことがある。ヒトと鳥とのウイルス遺伝子の交雑 (遺伝子再集合) によって新型ウイルスができると,人類のほとんどは免疫を持たないウイルスができる。これを「パンデミック株インフルエンザウイルス」といい,インフルエンザの世界流行の原因となる。パンデミック株を含むこれらのインフルエンザの治療において,わが国では4種類のノイラミニダーゼ阻害薬が使用可能である。近年,わが国は鳥インフルエンザやパンデミック株インフルエンザに関する法律を策定し,パンデミック準備計画を構築した。
近現代におけるグローバル化の飛躍的な進行に伴い,感染症と人類との関係に急激な変化が生じている。いくつかの感染症は過去に例のない速度で疫学的に変化し,新興・再興感染症として認識されている。多国間のパートナーシップと協調を基盤とする,国際的な感染症対策への要求が高まっている。国際保健規則 (IHR) は,各国が足並みをそろえて協働するための国際法であり,世界保健機関 (WHO) は国際機関として,各国の主導と調整をもとに国際的な感染症対策を推進する。IHRは,公衆衛生事象の周辺国への拡散を防止しつつ,交通や通商の不必要な制限を避けるため,加盟国が公衆衛生事象を検知し,評価し報告する能力を確立することを求める。WHOは国々の能力確立を支援し,新興・再興感染症を含め国際的な公衆衛生上の脅威となりうるすべての事象 (Public Health Emergency of International Concern, PHEIC) に対応できるようサーベイランスおよび対応体制を整備している。しかし未だに,多くの国家がIHRを遵守できておらず,WHOも国際的な感染症対策において指導力を発揮しきれていないなど,課題が山積している。