酒類の醸造過程において,酵母が避けて通ることのできないエタノールストレス。酵母がタンパク質レベルでどのように適応しているのかを,わかりやすく,かつ,最新の知見を交えながらご説明頂いた。同濃度のエタノールであっても,実験室条件での急激なストレスと,醸造条件のような「じわじわ」としたストレスでは,酵母にとっての受け取り方が異なるという知見は,非常に興味深い。
木材の主要な成分は,グルコースのポリマーであるセルロースである。したがって,セルロースをグルコースに分解することができれば,木材を原料にして酒をつくることができるはずである。しかし,木材のセルロースを分解するには様々な困難があり,木材から製造した酒は存在していなかった。本稿の筆者らは,最新の技術によって,過激な薬品処理や高温高圧の反応条件なしに木材を糖化し,糖化液のアルコール発酵と蒸留を組み合わせることで木材の酒をつくることに成功した。
ビールは、アルコールやホップ由来の抗菌物質を含むため、微生物が増殖しにくい環境であるが、これらに耐性のある細菌が増殖して、品質を劣化させることがある。特に日本では、加熱殺菌をしていない生ビールが主流であるために、ビールで増殖する細菌を検出することが重要な検査項目となっている。従来のビール汚染菌はグラム陽性の乳酸菌が中心であったが、本稿の筆者らは、これまで見過ごされていた偏性嫌気性菌に着目して、グラム陰性のバクテロイデス門に属する新種のビール汚染菌を発見した。本菌の発見の経緯とビール中での増殖のメカニズムに関する知見を解説していただいた。
泡盛醸造に用いられる黒麹菌はいわゆる黒カビとは異なり,醸造に適した発酵能力を有し,カビ毒を生産しないなどの特徴を持つ産業上の有用株である。近年,黒麹菌の遺伝子情報が明らかになり黒カビAspergillus nigerとは区別される種Aspergillus luchuensisとして再定義された。A. luchuensisには多数の株が存在し,形態や性質の多様性が見られることから,この多様性を説明する遺伝子背景について情報を得ることの意義は大きい。
今回,A. luchuensisの株間の詳細な系統関係を明らかにする目的で,全ゲノム情報を用いた比較解析を行った。41株の黒麹菌および近縁種の菌株のゲノム情報を比較することで系統樹を作成したところ,A. luchuensisとA. niger,A. tubingensisは区別し得ることが確認された。また,詳細な系統樹より,A. luchuensisは2つのグループ(AおよびSK)に大別でき,醸造特性が異なる商用株はそれぞれ異なるグループに分配されていることがわかった。さらに,系統樹の側鎖に位置した株はいずれも戦前に分離された株であり,戦前の泡盛醸造所には分子系統的にバラエティーに富んだ黒麹菌株が存在していたことが示唆された。一方,白麹菌NBRC4308が100-200年前に分岐したと推定できることを指標として,それぞれの株の分岐年代の解析を行ったところAおよびSKグループは1500-3000年前,それ以降のA. luchuensis内の分岐の多くは泡盛醸造の歴史約600年の中で起きたと考えられ,ゲノム解析により泡盛醸造技術の歴史の一端が明らになった。今後,現在の泡盛醸造に用いられている株のグループと大きく離れたA. luchuensisの醸造特性に興味が持たれる。
日本ワインの香味の特徴を定量的に把握するため,International Wine Challengeにおいてメダルを獲得したワインのテイスティングノート42,102件について,日本ワインのうちIWCにおけるレコード数が多いマスカット・ベーリーA,メルロ,シャルドネ,甲州の4つのぶどう品種を主な解析対象としてテキストマイニングを実施した。単語の出現頻度及び共起関係の解析結果から,「delicate」が日本のメルロ,日本のシャルドネの国単位での香味の特徴及び日本固有のぶどう品種である甲州の香味の特徴を表現する単語として極めて有力であるということが定量的に把握された。さらに,コレスポンデンス分析の結果から,日本のメルロは10か国での比較では大きく分けてフランス,スペイン,イタリアのヨーロッパの3か国と同じグループにグルーピングされ,マスカット・ベーリーAは赤ワイン用ぶどう6品種の比較ではピノ・ノワールと類似度が高く,甲州は白ワイン用ぶどう6品種の比較では中庸な香味であることが定量的に把握された。