1953年から1972年までの20年間に,当教室では29例の肛門およびその周辺部の癌を経験した.この同じ期間内における直腸肛門癌は333例あり,直腸肛門癌に対する肛門癌の割合は8.7%であった,一般に肛門癌の頻度は直腸肛門癌に対して約3~5%といわれており,我々の症例が8.7%と比較的多いのは,肛門管のみならず肛門周囲の皮膚や女性の陰唇,下部直腸癌で歯状線にまで浸潤がおよんだ症例も肛門癌の範囲内に入れて取り扱ったためである.
肛門癌の患者の主訴は肛門部の有痛性の腫瘤,肛門出血,tenesmusなどが主であり,そのほかに肛門瘻孔をもつものがかなり多かった.病悩期間の長い症例が多く,2年以上の病悩期間を有する症例が約半数におよび,20年をこえる症例が1例あった.fistulaまたはhemorrhoidを合併しているか,またはこれらの疾患の既応歴をもつ症例が多く,2年以上の病悩期間を有する患者ではとくに多く痔瘻をわずらっており,そのほとんどの患者が肛門癌と診断される以前に1回ないし2回の痔瘻の手術を受けていた.
肛門癌の診断は比較的容易ではあるが,しかし痔瘻または肛門の慢性の炎症との鑑別診断は困難なことが多く,このような症例に対してはbiopsyによって診断を下すことができた.
手術々式は腹会陰合併直腸切断術をほとんどの症例に行なった.子宮や腟に癌が浸潤している場合には,これらの臓器の合併切除を行ない,また膀胱に癌が浸潤している場合には膀胱を全剔して,ileal conduitを作製した.そけい部のリンパ節廓清は原則として行ない,この廓清の必要な症例に対しては腹部の皮膚切開は下腹部に弧状切開を加える新しい試みを行なっている.この皮膚切開法によれば,そけい部リンパ節の廓清は容易となる.
5年生存率は9例中6例(66.7%)で,これらの患者はすべて10年以上生存し,すぐれた成績であった.組織学的分類ではsquamous cell carcinomaやadenocarcinomaが主であった.adenocarcinomaの場合,mucoid cancerが多く,組織学的にも痔瘻との関連性を疑わせる症例が多かった.またtransitional cell carcinoma, basal cell carcinomaが各々1例あった.
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