近年の西洋医学の発展は,抗生物質や化学療法剤を生み,細菌など外因による感染症を完全といって良いほど克服した.そして現在,難病として治療学上の大きな問題となっているのは,腫瘍,動脈硬化,アレルギー疾患など生体を構成する細胞それ自体の変化や個人の体質的要素が関与している疾患である.従って,治療法も西洋医学的な外因やそれによる局所の反応を抑制する画一的な方法では不充分であり,個体差を重視し,その作用が細胞の性質の変換を介して生体の反応性を変えるような治療法が求められている.最近この意味で漢方医学あるいは漢方薬への関心が高まりっつあるように思われる.
大腸疾患の治療領域においても潰瘍性大腸炎や過敏性腸症候群などの治療に西洋薬と漢方薬の併用が試みられており,また外科的治療後の肝障害や全身状態の改善などにも漢方薬が広く用いられつつある,
漢方医学の西洋医学との最も大きな相違点は,病気治療において生体の反応性を重視している点であり,また漢方薬の西洋薬との違いは,作用の多彩性,即ち臓器特異性がないという点であろう。漢方薬は一つの処方であり,数種の生薬から構成されているので,その作用が多彩であることは不思議ではないとも考えられるが,漢方薬の構成生薬として極めて使用頻度の高い柴胡,人参,甘草の薬理作用をみると,それらの生薬から単離精製された単一の有効成分であっても,その作用は極めて多彩である.またその作用は局所の病変を抑制するといった作用より,細胞の性質や機能を変化させるという特徴を持っている,このような多彩な作用はこれらの生薬成分がいずれも細胞膜に対して極めて高い親和性を示すことと密接な関連性があり,各種臓器の細胞の機能変化はこの細胞膜に対する修飾作用を介してもたらされるものと推測される.様々な臓器の細胞の活性化や機能の変換は,結果として生体の反応性を変え,いわゆるBiological response modifireのような作用を示すことになるものと考えられる.このような西洋薬とは異なる特徴をもつ漢方薬を現代の医療に取り入れることによって,より有効な治療が可能となり,治療学の発展を促進するものと思われる.
本講演では,腸疾患治療における西洋医学的治療法と漢方療法の併用の実際を紹介すると共に,漢方薬と西洋薬の相違点や特徴についての薬理学的解明を試みたい.
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