この研究は,ピーニング処理や冷間圧延316ステンレス鋼が340℃の大気時効中に表面が硬化する現象を調べることを目的とした.はじめに弊社が化学装置や原子力分野の塩化物応力腐食割れ(SCC)対策として使用しているPSZ(イットリュウム部分安定化ジルコニア)ショットによるピーニング処理法を紹介し,ピーニング処理316ステンレス鋼の組織や物理特性を紹介する.次にピーニン処理材や冷間圧延316ステンレス鋼を340℃で熱時効したときの組織や特性の経時変化を報告する.冷間加工材では時効が進むと数%の引張り追い歪で粒界割れを発生するが,このメカニズムを推定した.歪誘起マルテンサイトを介した酸素の内方拡散による粒界硬化と割れの可能性を提唱する.
日本国内66地域で採取した水道水を研究対象として,炭素鋼の腐食試験を行った.炭素鋼表面に腐食生成物が堆積していく過程に着目し,解析した.
表面被覆率(θ)を,全表面積(A)に対する腐食生成物による被覆面積(Arust)の割合(θ=Arust/A)と定義した.それぞれの水道水中において,θおよび腐食電位Ecorrの時間変化を詳細に追跡し,次の知見を得た.
(1)時間経過に伴ってθは増加し,同時にEcorrは卑化する.
(2)θとEcorr共に,ある浸漬時間で急激に変化した.この時間は,水道水の種類によって大きく異なる.この変化ののち,θとEcorrともに大きく変化しなくなる.
(3)log{θ/(1-θ)}とEcorrの関係は,ほぼ同じ曲線上に乗り,水道水の水質に依らない.すなわち,Ecorrを測ればθを求められる.
(4)Ecorr=-300~-500 mV vs.SSE,{θ/(1-θ)}=0.25~1の範囲で,両者が短時間で急激に変化した.その電位の中間値であるEcorr=-400 mV vs.SSEになるまでの時間をtinitial(hour)と定義した.tinitailが大きいと,小さなθで腐食が長時間進行することになる.
(5)tinitialが大きいほど電位が貴な状態で保たれる時間が長いことになり,実験終了時にポイントマイクロメーターで求めた最大局部腐食速度vmax(mm y-1)は大きくなった.同様に,重量減少量から求めた平均腐食速度vw(mm y-1)は,tinitialが小さい範囲で大きく変化しなかった.これらの事実から,次の機構が推定される.
(a){θ/(1-θ)}<0.25,すなわちθ<0.2では,アノード反応の箇所が固定されるため,局部腐食が発生する.
(b){θ/(1-θ)}>1,すなわちθ<0.5では,アノード反応の箇所が変動し,比較的均一に分布するため,均一腐食が生じる.
(6)tinitialとvmaxの間には高い相関があり,定式化するとvmax=0.32×tinitial1/3が得られた.
この式によれば,Ecorrが-400 mV vs.SSEになるまでの時間から,vmaxを推定できる.
ステンレス鋼のすきま腐食のすきま腐食は,すきま内に直径数μmオーダーの微小食孔(micro pit)の発生に伴うとの報告がある.このような微小食孔は,すきま構造を持たない自由表面では直ちに再不働態化するため,準安定食孔(metastable pit)と呼ばれる.pH=1.0,[Cl-]=3.0 mol・dm-3水溶液中におけるステンレス鋼の準安定孔食電位(V’C, MS)は,人工海水中におけるすきま腐食発生臨界電位(VC, CREV)と一致した.このため,micro pit発生時のすきま内環境を模擬した水溶液中におけるV’C, MSの測定は,VC, CREVの簡易的な推定に有用であることが分かった.