近年小麦など禾穀類の受粉から受精完了までの所要時間が, 従来いわれていたよりもかなり短いものであることが遂次明らかにされた. そこで受精の前期の過程である花粉発芽・花粉管伸長の様相を, 胚嚢内へ花粉管が入るまでの所要時間との関連において考察した. また花粉発芽・花粉管伸長が温度によっていかに影響されるかを受精所要時間と温度の関係を調べた前報と同様の見地から併せ検討した. 小麦農林26号を用い, 10, 20, 30℃の3段階の温度室で1柱頭あたり200~700粒の花粉を人工受粉し, 柱頭を鏡検した. 一方受粉後短い時間間隔で子房を採取, その胚嚢を鏡検した. 10°区は発芽歩合・伸長率ともに最も劣り, 30°区は20°区に比べて発芽歩合ではやや劣るが発芽した花粉管の伸長率は最も高かった. 受粉後V期(花粉管の伸長がかなり進み空粒になったもの)が初めて現われるまでの呼間は10°=2時間, 20°=1/2時間, 30°=1/4時間であり, 一方受粉後胚嚢内に初めて花粉管が侵入してくるまでの時間は10°=2時間, 20°=1/2時間, 30°=1/4時間であって各温度とも両者の値がよく一致した. このことから小麦では柱頭上に初めて空粒花粉を認め得るころには, 早くも受精に関与する花粉が決定されるものと解釈される. V期が初めて現われたときの花粉数は10°=0.3%(受粉総数の), 20°=1.0%, 30°=0.6%という少数であった. しかもこの時期には柱頭上ではなお大部分の花粉は未発芽またはわずかな花粉管の伸長を示しているにすぎないから, これらが配偶体としては補欠的な役割しか持たないものと考えられよう. これらの結果から小麦の花粉発芽・花粉管伸長においては, 特に受粉後ごく初期の現象が受精に関しては重栗な意義をもち, かつそれが温度によって著しい影響を受けるものであることが明らかになった.
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