近年透析患者の高齢化が進んでおり,透析患者における低栄養と生命予後の関連が報告されている.低栄養の主な原因は食事摂取量の低下と考えられているが,これまでの研究で歯科的要因の関与については十分に検討されていない.本研究では,透析患者の栄養状態と現在歯数および咬合支持状態との関連を明らかにすることを目的として,透析医療機関に併設する歯科口腔外科を受診した透析歴1年以上の血液透析患者155名を対象に歯科初診時の口腔状態と直近の栄養指標を横断的に調査し,その関連性について統計学的に検討した.その結果,現在歯数および健全歯根膜表面積より算出される咬合支持能力指数(Normal Periodontal Ligament Index: NPLI)と標準化蛋白異化率(normalized protein catabolic rate: nPCR)の間に有意な正の相関を認めた(Spearman 順位相関係数検定,p<0.05).また,Eichner分類で群分けした場合(A群 vs B/C群),nPCRは2群間で有意な差を認めた(0.97±0.20 vs 0.90±0.17, スチューデントt 検定,p=0.023).さらに,二項ロジスティック回帰分析の結果,nPCRが0.8未満であることに現在歯数やEichner 分類B/C 群が関連することが示された(それぞれオッズ比(95% 信頼区間),p値:0.945(0.907–0.985), p=0.007,2.464(1.079–5.626),p=0.032).nPCRはタンパク質摂取量を反映する指標であることから,血液透析患者において歯の喪失や不十分な咬合支持状態がタンパク質摂取不足に繋がる可能性が示唆された.本研究の結果から,血液透析患者の低栄養のリスクとして,歯数や咬合支持など口腔環境を考慮する必要があることが示唆された.
メタボリックシンドローム(Metabolic Syndrome: MetS)のリスク因子として早食いが挙げられる.また近年,MetSは歯の喪失やう蝕など口腔内状態との関連も注目されている.しかし,MetS,早食いおよび口腔内状態を総合的に検討した報告は少ない.そこで,本縦断研究は,職域における早食いおよび口腔内状態とMetS発症との関連について検討することを目的とした.対象者は,某事業所における平成24・27年度定期健診をどちらも受診した従業員のうち,平成24年度MetSに該当しなかった男性114名(36〜63歳)を分析対象者とした.診査項目は,身長,体重,腹囲,血圧,空腹時血糖値,中性脂肪,HDLコレステロール値,口腔内状態,生活習慣(早食いの有無,食・運動・飲酒・喫煙習慣)とした.平成27年度健診結果から,MetS発症群と非発症群に分け,早食いの習慣および口腔内状態との関連を分析した.統計分析にはχ2検定,Fisherの直接法およびMann-Whitney U検定を用いた.3年後にMetSを発症した者(16名)は,全員早食いの自覚があった.また,MetS発症において,早食いと腹囲異常による相加効果がみられた.結論として,早食いで腹囲異常のある者はMetS 発症のリスクが高いことがわかった.一方で,口腔内状態との直接的な関連はみられなかった.
日本における児童う蝕の有病状況は改善傾向にあるものの,いまだにその有病者率は他の疾患に比べて高い.近年では所得などの社会経済状態を背景にう蝕の有病状況に地域格差が存在することが知られている.しかし,児童を対象に市町村・行政区単位でう蝕の地域格差の実態と地域の社会経済状態との関連について調査した報告は少ない.そこで本研究は,福岡県内の12歳児う蝕の有病状況が各市町村・行政区の社会経済状態によって異なるかを検討した.う蝕の有病状況の指標として平成26年度福岡県学校歯科健康診断の集計結果から,12歳児DMFT 指数(一人平均う蝕経験歯数)を得た.各市町村・行政区の社会経済指標については,第三次産業就業者割合,失業率,人口10万人当たり小売店数,人口10万当たり歯科診療所数,可住地面積当たり人口密度,高齢化率を国家統計から市町村・行政区別に収集した.福岡県内60市町村・行政区の12歳児DMFT指数を目的変数,市町村・行政区ごとの各社会経済指標を説明変数に重回帰分析を行った結果,歯科診療所が多く(p=0.044),第三次産業就業者割合が高く(p=0.007),小売店数が少ない市町村・行政区ほど(p=0.010),12歳児DMFT指数は有意に低かった.本研究より,福岡県内各市町村・行政区単位での12歳児DMFT指数の地域格差とそれに関連する社会経済指標が明らかになった.健康格差縮小のためには,各地域の社会経済状態の実状を考慮した地域社会全体での取り組みが必要と思われる.
歯周病の予防に影響する口腔清掃習慣を,産業歯科健診情報を用いて縦断的に検討した.対象は,某企業の事業所従業員で2002年と2006年に歯科健康診断を受診した者1,985名(男性1,617名,女性368名,平均年齢40.0±9.2歳)とした.歯周病の評価はCPIで,健康行動(歯磨き,歯間ブラシおよびデンタルフロスの使用頻度,喫煙習慣)は自記式質問紙で調べた.ベースライン時の健康行動およびCPIの所見と4年後の歯周ポケット形成との関連性を多重ロジスティック回帰分析した.
2002年に歯周ポケットなしであった臼歯部セクスタントの7.3~9.5%,前歯部セクスタントの1.9~2.3% が,それぞれ4年後に歯周ポケットありに変化した.また,歯周ポケットなしのセクスタントが4年後に一箇所でも歯周ポケットありに変化した者と関連性が認められた要因は,1日3回以上の歯磨き(1回以下に対するオッズ比:0.68,p<0.05),デンタルフロスの毎日の使用(使用しないに対するオッズ比:0.41,p<0.05)およびベースライン時の歯周ポケットの有無(なしに対するオッズ比:1.52,p<0.01)であった.
以上の結果から,1日3回以上の歯磨きと毎日のデンタルフロスの使用は歯周ポケット形成の予防に有効であることが,また,歯周ポケットの保有は,歯周ポケットがない部位での新たな歯周ポケット形成のリスクとなることが示唆された.
本研究においては,看護分野における口腔ケア研究の動向と歯科口腔保健・医療動向との関連性を評価することを目的とした.方法は医学中央雑誌webを用いて,キーワードは「口腔ケア」,「看護師」を組み合わせ,期間は2000–2016年として検索した.調査期間の年間文献数の推移により傾向を把握した.周術期口腔機能管理加算新設と周術期口腔ケアに関する文献数の関連性の検討はχ2検定を用いた.
対象・研究フィールドが不明,レビューの文献等を除外した結果,308文献が分析対象となった.フィールド別では,病院での研究が大部分で,地域・在宅の研究は少なかった.入院診療費の包括評価制度や栄養管理実施加算が導入された2006年の翌年に,文献数は前年度に比べ顕著に増加していた.また,多職種連携やサポートチームによる口腔ケア実施に関連する論文が,2006,2010年で前年に比し顕著に増加し,これらの年は栄養管理実施加算や栄養サポートチーム加算が新設された.周術期口腔機能管理加算の新設時期と口腔ケアに関する文献数増加は有意に関連していた(p<0.01).しかしながら,口腔ケアに関する文献数増加と介護診療報酬の改定や保健政策との関連性は認められなかった.
以上より,看護分野における口腔ケア研究の動向は,口腔ケアに関連する診療報酬改定の動向と関連している可能性が示唆された.