健康関連QOLのうち,効用値を提供できる選好に基づく尺度(Preference-based measures: PBM)は,政策立案者が効率的な資源配分を検討するうえで重要である.本研究は,口腔の健康と健康関連QOLとの関連に関するこれまでの知見を総覧し,特にPBM評価に基づくエビデンス不足領域を特定することを目的とした.文献検索から59本を選定した.健康関連QOLはプロファイル型尺度とPBMに,口腔の変数は口腔の健康状態,歯科治療,歯科保健行動に分類した.口腔の健康状態に関する文献は42本選定され,幅広くPBMによる評価が行われていたが [システマティックレビュー (SR) 7本 (PBM:3本),観察研究35本 (PBM:16本)],日本で報告された効用値は歯の喪失と口腔機能低下のみであった.歯科治療に関する文献は20本選定され [SR 3本 (PBM:0本),観察研究7本 (PBM:3本),介入研究10本 (PBM:1本)],日本では義歯およびインプラントが効用値へ与える影響が報告されていた.歯科保健行動に関する文献は3本選定されたが,PBMによる評価は行われていなかった.本結果より,口腔の健康状態はPBMによる評価が多く行われている一方,歯科治療や歯科保健行動はPBMによる評価が不足していることが明らかになった.日本の文献はさらに不足しており,今後PBMによる評価の充実が求められる.
本研究では,母親の妊娠期の歯周状態と児の3歳時におけるう蝕罹患との関連について検討することを目的とした.
徳島県N市で平成25年度から平成27年度にかけて実施された無料妊婦歯科健康診査の受診者で,1歳6か月児および3歳児歯科健康診査を受診した母子259名を対象者とした.妊娠期,1歳6か月児および3歳児健康診査の歯科健康診査結果とアンケート調査結果を用いて,「3歳児う蝕:あり」との関連項目を分析した.さらに,「3歳児う蝕」の有無を従属変数とした二項ロジスティック回帰分析を行った.
3歳児健康診査では27名(10.4%)にう蝕が認められ,12名に多数歯う蝕(4本以上)が認められた.また,妊娠期の「6mm以上の歯周ポケット」の有無と3歳児のう蝕罹患の有無(オッズ比=5.33,p<0.01,95%信頼区間:1.52–18.76)および多数歯う蝕(オッズ比=7.20,p<0.05,95%信頼区間:1.44–35.91)との間に関連性が認められた.
以上より,妊娠期に6mm以上の歯周ポケットを有する者の児は,3歳時におけるう蝕罹患のハイリスク者になる可能性が示された.
本研究の目的は大規模集団を対象とした歯肉の自己観察判定を含む歯周疾患セルフチェックの有用性を明らかにすることである.職場の歯科健診受診者3,702名を対象に,歯周疾患セルフチェック(歯肉出血,歯肉腫脹,喫煙習慣,歯間清掃用具の使用,歯磨き指導の経験,歯科定期健診)に関する質問紙調査および下顎前歯部唇側の歯肉の自己観察判定を行った.その後,歯科医師によるCPI測定を行った.20歳以上65歳以下の3,099名を分析対象とし,歯肉の自己観察判定によって歯周炎ありまたはなしの2群に分け,CPIによる歯周炎診断における歯周疾患セルフチェック項目の感度,特異度,陽性的中率および陰性的中率を算出した.その結果,歯肉の自己観察判定において歯周炎ありと判定した者は歯周炎なしと判定した者と比較して,歯肉出血および歯肉腫脹の口腔内症状に関する質問の感度が24.2~28.8%,陽性的中率が14.7~16.3%高かった.歯肉の自己観察判定とCPIの一致率は歯周炎では2.8%であった.したがって,歯肉の自己観察判定は歯周疾患セルフチェックの精度を向上させる可能性が示された.今後は歯肉の自己観察を含む歯周疾患セルフチェックの内容および活用方法を検討する必要性が示された.
本研究では,歯科衛生学生の臨床実習ストレッサーが職業的アイデンティティに及ぼす影響とレジリエンスの調整効果を検証するため,臨床実習経験を有する歯科衛生学生896名(有効回答639名)にweb調査を行った.臨床実習ストレッサー各因子はいずれも職業的アイデンティティ各因子と負の関連を示した.職業的アイデンティティを従属変数とした階層的重回帰分析および単純傾斜分析の結果,臨床実習ストレッサーの「記録作成と時間的制約」が職業的アイデンティティの「医療職選択への自信」に及ぼす負の影響を「獲得的レジリエンス」が緩衝することが示された.また,臨床実習ストレッサーの「指導者と実習環境適応への困難感」と「記録作成と時間的制約」が職業的アイデンティティの「社会貢献への志向」へ及ぼす負の影響を「獲得的レジリエンス」が緩衝することが示された.さらに,「知識・技術不足の自覚」が「社会貢献への志向」に及ぼす負の影響を「資質的レジリエンス」が緩衝することが示された.これらの結果から,レジリエンスが高い学生は臨床実習でのストレッサーが高い状況下でも職業的アイデンティティを維持しやすく,レジリエンス育成を組み込んだ教育支援は職業的アイデンティティ形成に寄与する可能性が示唆される.
労働安全衛生法第66条第3項および労働安全衛生規則第48条に基づき,有害業務に従事する労働者には,雇入れや配置替え時,さらにその後6か月以内ごとに1回,定期的に歯科健康診断を行うことが義務付けられている.このように,歯科医師による特殊健康診断の実施は法的に定められているものの,その実施状況に関する報告は限られている.そこで本研究では,中小零細製造業の多い業界団体の協力を得て,事業場を対象に歯科医師による特殊健康診断の実施状況をアンケートで調査した.調査期間は2024年10月16日~11月22日,回答はGoogleフォームまたはFAXで受け付けた.その結果,170事業場中44事業場 (25.9%) から回答を得た.「歯科医師による特殊健康診断を実施しているか」 の質問に 「はい」 と答えた割合は,従業員50人以上の事業場で83.3%だったのに対し,50人未満では28.0%に留まった.また,従業員50人未満の事業場で実施していない理由としては,「依頼先がわからない」「歯科以外の特殊健診の対応で手一杯である」「時間の確保が難しい」 の順に回答が多かった.これらの結果は,小規模事業場において歯科医師による特殊健康診断が十分に普及していないことを示唆している.特に 「依頼先がわからない」 の回答が多かったことから,小規模事業場に対する情報提供体制の構築が必要であると考えられる.