1.目的
中国内蒙古自治区の毛烏素沙地に自生する臭柏(
Sabina vulgaris Ant.)は常緑針葉樹であるため,夏の高温,乾燥だけでなく,冬の極低温にもさらされる。そういったストレス条件下では,気孔閉鎖やRubiscoの不活性化が起きるため,葉に照射される光エネルギーはCO
2固定で利用する量を超え,有害な活性酸素を誘発する。したがって臭柏は1年を通じて,活性酸素による光酸化的ダメージから光合成器官を保護するために,過剰な励起エネルギーを消去しなければならない。
本研究の目的は,臭柏が高温・乾燥ストレスや低温ストレス条件下で生育を可能にする生理学的メカニズムを解明することである。そのために,臭柏のクロロフィル蛍光反応と葉の色素組成の季節的変化を調べた。
2.材料と方法
材料は,毛烏素沙地開発整治研究センター内の試験地に自生する臭柏群落を用いた。生育立地の影響を考慮して,砂丘下部から上部までに生育する3群落を選んだ。2001年8月における測定群落の地下水面からの距離はそれぞれ1.7m,1.9m,5.1mであった。
1群落につき匍匐枝を3本選び,その先端の当年葉の部分で夜明け前と南中時にクロロフィル蛍光反応を測定した。測定はクロロフィル蛍光分析計(MNI-PAM,WALZ社)を用いて,2001年6月から2002年5月まで行った。また,2001年6月から2002年2月まで蛍光反応を測定した枝に近い直立枝から当年葉を夜明け前に採取し,高速液体クロマトグラフィー(JASCO社)により色素組成を分析した。
3.結果と考察
夏の成長期において,いずれの立地に生育する臭柏でも南中時のPS_II_量子収率(ΔF/Fm′)は高温・乾燥期に低下し0.1以下となったが,夜明け前のPS_II_量子収率(Fv/Fm)は一定して0.8前後の高い値を示した。したがって高温・乾燥条件下では,日中に量子収率を低下させることで光合成器官の光酸化的ダメージを回避し,慢性的ストレスを受けずに生育が可能だと考えられた。
色素組成を見ると,高温・乾燥期にクロロフィルa/b比(Chla/b比)が高くなる傾向にあった。これはアンテナサイズを小さくし光捕集能力を低下させることを示している(Anderson and Osmond 1987)。その傾向は生育立地が地下水面から遠くなるほど顕著であった。
周囲の落葉樹が落葉する時,臭柏はΔF/Fm′とFv/Fmを大幅に低下させた。同時にキサントフィルサイクル色素の総量(ビオラキサンチン(V),アンテラキサンチン(A),ゼアキサンチン(Z)の総量:VAZ量)が爆発的に増加し,脱エポキシ化によって熱散逸色素であるAとZが大幅に増えた。Chla/b比も漸次上昇したが,Chla/b比が最高値にあるときVAZ量は減少した。低温期のVAZ量の減少はVからABAが生成されたことを示唆し(Ederli et al. 1997),ABAが2次メッセンジャーとなりタンパク質を増加させ,耐凍性を高めた(Veisz et al. 1996)と考えられた。
VAZ量とChla/b比の間には高い負の相関が認められた。このことは熱散逸能力が低下した場合に捕捉する光量を減少させることを示唆している。つまり, 熱散逸能力と光捕集能力は相互補完的に作用し,安定した光防御能力を維持すると考えられた。
他のカロテノイドでは,ルテイン(Lut)が低温期に増加した。LutもA,Zと同様に,熱散逸を行う(Müller et al.2001)。よって臭柏は低温期にA,ZとともにLutを増加させ,過剰な励起エネルギーを熱として無害に散逸したと考えられた。
以上のことから,低温条件下では,臭柏は夜明け前から多量のA+ZとLutを保持し,一日を通じて熱散逸能力を高めていた。また耐凍性獲得のためにABAを生成して熱散逸能力が低下する可能性が示唆されたが,それは光捕集能力の調節により補償することで,過剰な励起エネルギーの発生を抑制することが示唆された。
抄録全体を表示