<目的>本稿では、母親が就業することが子どもの発達に及ぼす積極的な効果を吟味することを目的とする。子どもが自立していく上で最も基本的、かつ重要な側面である「衣食住に関する生活技術能力」の習得の実態に焦点を当て、母親の就業との関連を探ることにする。
<方法>2001年9月1~30日に日本家庭科教育学会により実施された「家庭生活についての全国調査」(科学研究費基盤研究(A)(1)課題番号13308005)の個票データの二次分析を行う。分析対象は、小学校4年(2,555名)、6年(2,611名)、中学2年(2,983名)、高校2年(2,993名)の計11,142名(男子5,429名、女子5,713名)である。独立変数は「母親の就業状態」とし、就業状態別に?フルタイム就業(23.6%)、?パート就業(26.8%)、?無職(19.9%)の3つに分けた。従属変数は「子どもの衣食住に関する生活技能」である。この18項目のデータを因子分析して複数の次元に弁別し、各因子を従属変数に用いて、母親の就業状態と関連するものを特定していく。
<結果>因子分析の結果、第1因子は「お年寄りや体の不自由な人に声をかけたり手助けをする」「子どもの遊び相手をする」「近所の人にあいさつをする」「電気や水を使いすぎないように注意やくふうをする」「包装や入れ物がゴミになりにくい物を選んで買う」「家族に頼まれた買い物をする」「ゴミを決められた方法で出す」の7項目からなった。主に対人関係・家庭管理・消費生活に関する技能であり、まとめて〈人との関係づくり技能〉因子とした。
第2因子は、「フライパンやなべを使って料理する」「ほうちょうで食べ物を切る」「家族の夕食を作る」の4項目からなり、〈食事づくり技能〉因子とした。
第3因子は「せんたくものをたたむ」「せんたく機で衣服のせんたくをする」「食器を洗う」「ボタンのとれた時にボタンをつける」の4項目で、〈洗濯・食器洗い・ボタンつけ等の技能〉因子とした。
第4因子として抽出されたのは、「すごしやすくなるように部屋の温度や空気を調節する」「季節や気候にあった服装を自分できめる」「へやをそうじしてきれいにする」の3項目であったが、家事としての内容や質、行う頻度の点で各項目の共通性が低いことから、今回の分析から省くことにした。次に、各因子の合成得点を従属変数とし、母親の就業との関連を見た。独立変数を「母親の就業状態」、従属変数を「3因子得点」とした一元配置分散分析の結果、子どもの生活技能に関する3因子全てにおいて、母親の就業は有意な関連をもつことがわかった。さらに、子どもの性別により効果に違いがあるか否かを確かめるため、多元配置分散分析を行ったところ、母親の就業形態と子どもの性別との交互作用は見られなかった。
つまり、男子においても女子においても、母親の就業は有意な効果をもっているといえる。
さて、本研究の目的は、母親の就業が子どもの発達の自立的側面にどのような影響を与えるかを明らかにすることであった。母親の就業状態別に分析を行った結果、フルタイム就業の母親をもつ子どもは、パート就業や無職の母親の子どもよりも、〈食事づくり技能〉と〈洗濯・食器洗い・ボタンつけ等の技能〉の2側面で高い値を示した。母親が外で働き、かつフルタイム勤務であると、子どもは、食事づくりや片付け・洗濯など、毎日の家庭生活の運営に不可欠な家事に多く参加しており、身辺の自立に関する技能が高いことが明らかになった。
一方、「母親が無職」の子ども(男女)と「母親が自営」の男子は、他の子どもよりも〈人との関係づくり技能〉が優れ、地域とのつながりやボランティア、環境問題に関心が高いことがわかった。これらの技能は、教育的な働きかけによって促されると考えられ、母親が地域と密着した生活をしていたり、学校などで学んだ知識を家庭で実際に体験する機会があることなどが、効果をもつと推測される。先行研究では、母親の就業継続が「子どもの独立心」にポジティブな影響をもたらすことが明らかになっている(末盛2002)。
本稿では、母親が「一日勤めに出ている」と認識している子どもと、「仕事はしていない」と認識している子どもとでは、生活技能に違いがあることを見い出した。本データは、就業継続については尋ねていないことと、子どもによる回答であるという点で、先行研究の結果と簡単に比較することはできないものの、母親の就業が子どもの身辺の自立を促すという積極的な効果を示した点で、「母親の就業と子どもの発達」を扱った研究に、一定の貢献が果たせたと考える。
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