乗馬服姿の女性が「イギリスらしい」と考えられはじめたのは, 18世紀初頭に遡る. しかし, ヴィクトリア朝後期の1870年代以降, 乗馬が比較的裕福なミドルクラスの間で人気を得るようになると, 乗馬服とイギリス人女性は比喩的にも強く結びつけられるようになり, 乗馬服姿の女性はイギリス人特有の美しさ, 美徳を表現するものと考えられていく. 本論では, 回想録や小説, 乗馬の指南書の記述から, 従来, 上流階級の占有であった馬術が①ジェンダーと社会階級の両面において, ミドルクラスの女性に解放されたことを示すとともに, ②乗馬服に求められた要素がイギリス人女性の身体的・精神的特質に一般化されていったことを示す. そして, その理由を, 乗馬服産業の近代化に求め, 当時の女性用乗馬服は, ③イギリスの技術的発展と文化的優位の具象であったこと, さらに, ④都会に住む比較的裕福なミドルクラスは改良を施された乗馬服を自己の生活スタイルに合わせることで, 自らの文化的, 美的価値観を投影し, 女性らしさの概念を近代化したことを明らかにする.
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