以上, 食品群別にみてきた変化を総合するとつぎのようなことがいえるだろう.
第1に不況初期の顕著な特徴として, いわし, さばなどの安い魚に対する消費の大幅な増大と米消費を維持しようとする傾向があげられる. これは不況初期の生活不安のかつてない増大が食生活に直接反映され, 動物性たん白質の価格選好性を高めた結果であり, またこれらの魚は米食と対応されていた. 食生活ひきしめ志向が 「魚ばなれ」 どころか 「いわしと米飯」 といった献立を国民の食卓に呼び返したのである.
第2に他の食品をみても, 不況期には 「洋風化」 傾向に反する, 消費構造変化がいくつかみられた. 肉類消費, 乳, 乳製品消費は48年以前ほどの伸びをみせず, 魚の価格が上がってきた51年以降になって安い肉類にかぎって増大している. 野菜では, 大根, ごぼう, いも類の消費が若干増大した. 嗜好品のなかでは果物, 菓子などの消費が急減しいまだに回復していない. これらの変化も食品全般に価格選好性が強まった結果であり, 長いあいだかかって洋風化, 多様化しつづけてきた食物消費構造に一定の後もどり現象がみられた.
第3に低成長に移行して5年たった52年ごろから, わが国の食品供給構造が急激に変化し, 食品に対する伝統的なイメージ, たとえば魚と米という食事は安あがりだというような事実認識が根本的にひっくり返ってしまったことである. 全般的食料品価格の上昇のなかでもとりわけ物価指数で48年時の2倍になっているのは米などの主食と生鮮魚介, 塩干魚介である.したがって日本的・伝統的食生活への復帰傾向が最近になって弱まってきたのは, 洋風化志向が戻ってきたからというよりも米と魚を主体とした献立が安上がりとはいえなくなってきたからだといえよう.
第4に不況期全体を通じて食生活に対するひきしめが行われた結果, 消費者世帯のなかで食事内容における格差が拡大した. それは食物消費の絶対量についても所得階層間格差の拡大としていえる. しかしそれだけではなく食品の消費のかたより方という点でも格差がでてきている. 安い魚や野菜の種類はかぎられてくるので, 本来食事に変化をつけるうえで中心的役割をはたすはずの魚・肉, 野菜などの種類がかたよってくることは, たとえ栄養的には変わらないとしても食生活の豊かさという点では問題が出てくるといえよう.
これらの特徴から, 長期不況期に移行してから, 勤労者を中心とした消費世帯の食生活にいままでとはちがった 「不況対応型」 の消費構造が形成されたことを見ることができる. この 「不況対応型」 消費構造の基調は食生活に対するひきしめ志向と価格選好性の強まりである. そのなかで階層間格差の拡大などの新たな問題も生じてきている. 長期不況が国民生活にいかに深刻かつ広範な影響を与えたかということの一端を知ることができよう.
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