私たち耳鼻咽喉科医は, 先天性代謝異常症の治療にかかわることはほとんどないと思いがちであるが, 時になんとなく気になる症例に出会うことがある. なんとなく気になる顔貌, 落ち着きがない, 中耳炎が治りにくい, 風邪をひきやすい. そのような症例では, 先天性代謝異常症, 特にムコ多糖症も疑い, 尿中ウロン酸検査や血中酵素活性検査を精査する必要がある.
先天性代謝異常症とは, 生命維持に必要なアミノ酸, 糖質, 脂質, ミネラル, 核酸などの物質が代謝される際に, これらの代謝をコントロールしている酵素や蛋白を合成するための各々の遺伝子に異常が起こり, 正常な酵素や蛋白が作られず, 代謝の過程に障害を来した状態である. 先天性代謝異常症に含まれる疾患は数百にもおよび, その蓄積する物質, 欠乏する物質により現れる症状, 疾患名が異なる.
その中でも耳鼻咽喉科医が診療することが多いであろう疾患はライソゾーム病に分類されるムコ多糖症である. 蓄積物質によってムコ多糖症はⅠ型からⅦ型に分類される.
耳鼻咽喉科医が日常診療においてムコ多糖症を疑うべき症状, 所見としては, 特異顔貌, 繰り返す中耳炎, 難聴, 臍・鼠径ヘルニア (ヘルニア手術の既往), 関節拘縮 (手関節の鷲手変形, 肩が上がらない), 胸部X線における肋骨のオール状変形, 広範な蒙古斑などが挙げられる. ムコ多糖症Ⅱ型の患者においては, 中耳炎の発現時期が比較的早期なため, 未診断の状態で耳鼻咽喉科を受診している可能性があり, 注意しておく必要がある.疑いがあった場合には, 小児科医と連携し, 早期診断, 早期に治療開始をすることが重要である. また, 特に, その治療における麻酔, 鎮静に関しては注意が必要である.
スポーツと耳との関係は多岐にわたるが, ここではその一端を紹介する. スポーツにより外耳, 中耳, 内耳のあらゆる部位に疾患が生じ得る. 特にアスリートに対しては競技力の低下を招かないような治療法, 予防策を施す必要がある. 聴覚の音源定位能力は空間における自己と対象物の位置や運動の認識に用いられ, 音声コミュニケーション能力は団体競技におけるチーム内の意思疎通や情報伝達に役立っていることが知られているが, その研究や応用は今後の課題である. 聴覚障害者に平衡障害が併発する場合が多いことから, トップクラスの聴覚障害を持つ水泳選手 (デフスイマー) を対象に各種平衡機能検査を実施したところ, 特にカロリック検査 (56%), Mann's 検査や単脚検査の閉眼 (56%), oVEMP 検査 (44%) で高率に異常が認められた. デフスイマーの平衡機能障害の代償は視覚に依存する傾向が見られたが, 水泳の熟練度が高くなるほど体性感覚が重要になるとの報告もあり, さらなる検討が必要である. 世界における姿勢制御学の礎を築いた福田 精は, スポーツの動作中に基本的な緊張性頸反射や立ち直り反射が使われていることを明らかにし, 良いフォームとはこのような姿勢制御反射の上に成り立っていることを示した. 体操のトップアスリートの空間識を調べたところ, 一般健常人に比べて極めて正確で視覚に影響されない絶対的な重力感受性を有していることが明らかになった. 重力感受性はスポーツの種類により異なり, その競技の特性に合った効率的なトレーニング法の開発が必要である. スポーツパフォーマンスに関する聴覚や平衡覚のはたらきはいまだ不明な点も多く, 今後の基礎的および臨床的研究の発展が待ち望まれる.
感覚機能と認知に関して, 感覚機能障害が認知障害を引き起こすのか, 認知障害の一症状として感覚機能低下を呈するのかは議論のあるところではあるが, 難聴や嗅覚低下が認知障害と併存することは良く知られている. 平衡覚に関しては前庭動眼反射や前庭脊髄反射など高次脳機能を介さない脳幹・小脳レベルでの役割が主体と考えられてきたため, 認知機能との関連に関する知見は少なかった. 2000年代初頭, 前庭破壊動物において記憶の中枢である海馬に存在し場所の認知に働く place cell の機能が低下し, 空間記憶が障害されているとの報告が相次いだ. その後, 両側前庭機能低下患者 (神経線維腫症Ⅱ型) で海馬体積の減少と空間記憶学習の低下が報告され, 動物モデル, 患者において前庭機能低下と空間認知機能低下の関係が明らかとなった. 2010年代になると, 米国の大規模国民調査で前庭機能やめまいの自覚症状と認知機能に相関があること, 高齢者の平衡機能障害は dementia のリスクファクターであることなどが報告されるようになり, 前庭機能障害は空間認知のみならず認知機能一般の低下にも関与する報告が増えるようになった. 高齢者あるいは一般国民を対象に前庭機能へ介入することが, 難聴者への聴覚介入のように認知機能の回復や認知機能低下の予防に貢献するかどうかは喫緊の研究課題である.
硬性内視鏡に付随するビデオシステムの高精細 (high definition: HD) 化に伴い, すべての行程を内視鏡下に行う経外耳道的内視鏡下耳科手術 (transcanal endoscopic ear surgery: TEES) が広く行われるようになっている. TEES では広角な視野により一視野で鼓室の全体像を把握することが可能であり, さらに内視鏡の接近による拡大視や斜視鏡の使用により死角の少ない手術操作が可能となる. このような利点を持つ TEES は耳後切開不要の低侵襲手術であるが, 経外耳道的な keyhole surgery であり, 原則 one-handed surgery という課題もあり, TEES の利点を十分に発揮するためには適切なセットアップや手術手技の習得が重要である.
当科では直径 2.7mm, 有効長 18cm, 0度, 30度の硬性鏡に Full HD の 3CCD カメラとモニターを組み合わせて TEES を施行している. 上鼓室や乳突洞病変への操作が必要な場合には, 洗浄と吸引を兼ね備えた超音波骨削開器やカーブバーを用いた transcanal attico-antrostomy を行い, 最小限の骨削開で乳突洞までアプローチを行う Powered TEES を行っている. 耳鼻咽喉科で使用される内視鏡には太さや長さのバリエーションがあるが, 直径 2.7mm の内視鏡を用いることで外耳道径の小さい小児症例でも手術が可能であり, 有効長 18cm の内視鏡で powered device を操作するスペースも確保できる. また, LED 光源を用いることで観察部位や鏡筒の温度上昇による組織障害を予防できる. また, TEES では安定した内視鏡の保持を行うための左腕用肘置きが必要である.
本稿では, 以上のセットアップを用いて行う慢性穿孔性中耳炎と弛緩部型中耳真珠腫に対する TEES の基本手技について, 術中写真を提示しながら解説する.
アレルギー性鼻炎の治療選択肢は近年増加してきたが, 薬物治療の中心となるのは第2世代抗ヒスタミン薬である. 抗ヒスタミン薬は第1世代と第2世代に分類されるが, 基本的な構造は共通である. 第1世代抗ヒスタミン薬の特徴として, 脂溶性が高く組織移行性が良好である. このため中枢移行しやすくなり, 眠気などの副作用を起こす. また H1 受容体に対する選択性が低いため, ムスカリン受容体, セロトニン受容体などアミン受容体に共通構造を持つほかのアミン受容体にも結合をする. 口渇, 食欲増進などの副反応はこのためである. こういった不要な反応を軽減することを目的として第2世代抗ヒスタミン薬が開発された. 第2世代抗ヒスタミン薬の特徴として, 脂溶性が低下し血中タンパク結合が多くなった. このため組織移行性が悪くなったが, 中枢移行が少なくなり眠気などの副作用が減った. H1 受容体に対する選択性が高くなったことから, ほかのアミン受容体への結合が少なくなり, 第1世代抗ヒスタミン薬で見られた副反応が減ってきた. 一方で組織移行性の低下なども見られることから, その効果には個人差があることも理解しておく必要がある.
近年経口剤ではなく, 投与経路を変更した貼付剤の抗ヒスタミン薬が開発されてきた. さまざまな投与法の選択肢が増えてきたことで, 第2世代抗ヒスタミン薬の特徴を理解し, 患者満足度を上げるように使用することが大事である.
アレルギー性鼻炎は, 鼻腔への抗原暴露と炎症性メディエーターの放出によって引き起こされるアレルギー性炎症である. このようなアレルギー性炎症に対して, 強力な抗炎症作用を持つ局所剤である鼻噴霧用ステロイド薬は, 理想的な製剤といえる. 2008年以降に1日1回投与の鼻噴霧用ステロイド薬が登場し, アレルギー性鼻炎治療における強力なツールになった. 鼻噴霧用ステロイド薬は, 現在のアレルギー性鼻炎治療薬の中では最も効果の強い薬剤であり, 多くの国際的なガイドラインで, 鼻噴霧用ステロイド薬の単独投与をまず選択すべき治療 (ファーストライン) として位置づけている. 一方, 本邦には鼻アレルギー診療ガイドラインがあり, その2016年版から, 軽症患者にも選択でき, さらに花粉症の初期療法薬としての位置づけが示されるようになった. 2015年米国オバマ大統領によって Precision Medicine Initiative が発表され, precision medicine の概念が注目されるようになった. precision medicine は, 当初がん治療の分野に導入され, その後さまざまな領域へ広がりを見せ, アレルギー性鼻炎においては, 2017年にその実施に向けての提案が示された. その中で鼻噴霧用ステロイド薬は第1段階から考慮する治療薬と位置づけられている.
一方, 最近でも, 鼻噴霧用ステロイド薬は, 抗ヒスタミン薬のおよそ4分の1の患者に処方されているに過ぎず, また, 点鼻薬は, 内服薬に比較しアドヒアランスが不良であることが知られている. この薬剤導入やアドヒアランスの障壁の要因のひとつとして, 鼻噴霧用ステロイド薬のにおいや味, 液だれなど感覚的な特性に嗜好性があることが関連している.
梗塞が脳の平衡維持にかかわる部位に生じればめまいを来すが, 急性期を過ぎると時間とともに軽減する. しかしながら, 時に急性期を過ぎた後も長期間めまいが遷延することがある. 例えば延髄外側梗塞では, 一部の患者で長期間めまいが遷延することが知られている. こうした延髄外側梗塞後のめまいの遷延には, 前庭神経核の小脳からの脱抑制が関与している. 最近われわれは, 延髄外側梗塞後の遷延性めまいに対し, 反復経頭蓋磁気刺激 (rTMS) を用いた小脳賦活による前庭神経核の再抑制を試み, めまいを軽減することに成功した. 電気生理学的に前庭神経核が再抑制されていることも確認できた. 一方, 大脳に生じた多発性脳梗塞も遷延性めまいの原因になり得る. 大脳多発性脳梗塞による遷延性めまいには, 脳幹小脳による平衡維持反射の大脳からの脱抑制が関与している. 以前われわれは, 半年間の血管拡張薬投与が, 大脳多発性脳梗塞による遷延性めまいを軽減することを明らかにした. 治療により前庭眼反射の固視抑制率が上昇し, 大脳の局所脳血流量が脳幹や小脳に対して相対的に増加することも確認できた. 脳梗塞後のめまいの遷延には, 梗塞部位よりも「脱抑制」という病態が重要であるのかもしれない.
当院で入院加療を行った突発性難聴の治療成績や予後因子について検討を行った. 2012年1月1日~2017年12月31日の間に当院に突発性難聴として入院した症例423例を対象とし, そのうちステロイド大量療法に PGE1 を併用しなかった症例や入院後にほかの疾患と診断された症例を除外し324例について検討を行った. 難聴の重症度分類は1998年厚生労働省高度難聴調査研究班に従った. 治療の効果判定は厚生省特定疾患急性高度難聴調査研究班 (1984年) の判定基準を用い, 最終受診時の聴力を用いた. 治癒に至った割合を治癒率, 治癒または著明回復に至った症例を改善率と定義し検討を行った.
全体の治療成績は治癒率39.8%, 改善率52.2%であった. 治癒率および改善率について入院時の年齢, 初診時聴力レベル, 自発眼振の有無, 発症から入院治療開始までの日数, 前医での治療の有無を多項ロジスティック回帰分析で検討した. その結果, 治癒率については発症から入院治療開始までの日数が短いほど, 初診時聴力が良いほど有意に高く, 改善率については入院時年齢が若いほど, 入院治療開始までの日数が短いほど有意に高かった. 発症から入院治療開始までの日数による治療効果の検討に関しては, 7日以内に入院治療を行った場合に有意に改善率が高かった. 入院前のステロイドを含む内服加療の有無や自発眼振の有無は治療成績には影響しないという結果であった.
当院での1955~2016年まで (62年間) の口蓋扁桃摘出術 (扁摘術) の各年毎の総手術件数に対する割合, 麻酔法, 対象症例の変遷を検討した. 1997~2016年の20年間については, 適応となった疾患の調査を合わせて行った. 62年間の手術総数27,623件のうち, 扁摘術は5,852件と21.2%を占めた. 全手術に対する割合は1960年代に32~58%と高く, その後は15%前後で推移した. 麻酔法は, 初期の局所麻酔から, 1969~1987年に全身麻酔と混在し, 1988年以降は全例が全身麻酔となった. 男性例が52%と多く, 年齢分布では, 1960年代までは小児例が圧倒的で6~10歳にピークの一峰性を示していたが, 1970年代から21~25歳の若年成人にもピークが見られる2峰性となり, その後成人例の方が多くなり, 2010年代からは再び小児例が増加し中高年に至る幅広い年齢層の分布となった. 小児の扁桃肥大と慢性炎症に対して局所麻酔で多くの手術が行われた時代から, 全身麻酔での手術に変わり, 保存的治療の進歩とともに手術適応が厳しく検討されるようになった. 炎症性では程度や頻度の高い例だけが対象となり, 小児睡眠時呼吸障害に対する適応, IgA 腎症など病巣扁桃としての適応が確立されたことが, 年齢分布の変遷に反映されたと思われる. 今なお耳鼻咽喉科手術の中で頻度の高い, 重要な手術である.
耳管開放症は耳管が開放しているために鼻咽腔内の音や圧が低減衰のまま中耳に伝わる疾患で, 耳閉感や自声強聴, 自己呼吸音の聴取などが主訴となる. 症例は開放耳管を伴うダイバー患者14例である. ダイビングトラブルに関する詳細な問診, 耳管機能検査を含めた神経耳科的検査を施行した. 耳管機能検査には音響法とインピーダンス法を用いた. 14例中8例が耳違和感, 1例が中耳気圧外傷 (MEB), 5例が内耳気圧外傷 (IEB) であった. MEB 症例のうち1例は圧変動性めまい (AV) を生じていた. 14例中8例が浮上時に発症し, 急速潜降した2例で AV と IEB を生じた. 正常ダイバーとの比較で音響法・インピーダンス法ともに有意差を認めたが, 各患者の正常耳と患側耳との比較では音響法でのみ有意差を認めた. 内耳障害の有無での比較では, 耳管機能に有意差を認めなかった. 開放耳管ダイバー患者は急速潜降で内耳障害を生じやすく, 急速な圧変化に加え耳抜き時の過剰加圧が原因と思われた. 浮上時の IEB は中耳腔含気が膨張し蝸牛への過大な圧力を引き起こしたためと考えられ, 浮上速度を遅め嚥下運動で経耳管的に圧を逃がすことが対策と考えた.