脊柱側弯症の中枢機序を明かにする目的で, 視運動性眼振検査を行い, 得られた成績を頭頸部外傷症例でのそれと比較観察した. その1つは, 仲野, 二木, 北原 (1972) により提唱された方法, すなわち, 視運動性眼振を Foveal-Pattern と Retinal-Pattern に分類整理する方法である. 他の1つは, 我々の提案している方法である. すなわち, Foveal-Pattern 緩徐相の stability を観察する方法であり, stability 障害の度合は緩徐相の動揺幅とその相上に出現する動揺型で観察する. 得られた成績と, それに対する我々の考えは次の通りである.
(1) 脊柱側弯症例, 頭頸部外傷症例, 何れの場合でも, Foveal-Pattern, Retinal-Pattern の出現に関連する機構の障害がみられる. 但し, 前者症例群では Foveal-Pattern 発現に関する機構 (pursuit-movement system) がより優位に障害をうけ, 後者症例群では Retinal-Pattern 発現に関するそれ (saccadic-movement system) の障害がより優位である.
(2) 頭頸部外傷症例では, 微量 adrenaline 投与で視運動性眼振に異常変動がおこる場合, Retinal-Pattern が増加する傾向が強い. このことは, これらの症例にみる Retinal-Pattern 発現に関する機構, 即ち, saccadic-movement system の異常は, 脳幹網様体中の adrenaline-sensitive component (Rothballer 1953) の hyperexcitability と深い関係を有することを示唆している. また, この症例群にしばしば随伴される小脳の機能異常もこの際重視する必要がある. 特に, 上記の adrenaline-sensitive component の hyperexcitability と小脳の関連は注目してよい. これに対し, 脊柱側弯症例では adrenaline 投与で視運動性眼振の異常変動がおこる場合, Retinal-Pattern が減少する傾向がある. また, 小脳機能異常を示唆する所見もない. これらの事実と (5) で述べる脊柱側弯症の治療成績より, この症例群にみる Foveal-Pattern 発現に関する機構, すなわち pursuit-movement system の異常の背景には, 躯幹 (胸, 腰部) 深部受容器の活動性異常 (tonic impulse の異常) とこれに対応する視床下部-脳幹系の機能異常が有するものと考えられる. かくして, 頭頸部外傷症例と脊柱側弯症例の眼運動系障与の機序にはかなりの相違のあることが判る.
(3) 頭頸部外傷症例で小脳機能異常が示唆される症例では, 低速の線条運動に対しては overshooting form (中心窩型) が, 高速の線条運動に対しては slowing of pursuit (周辺視野型) が多発する. この成績より, 小脳の脳幹眼運動系に対する作用には次の2つが考えられる. すなわち, その1つは対象物の運動がおそい場合に明瞭に発揮されるもので, Foveal-Pattern 発現に関する機構への抑制的機序で, その機構の hyperreactivity を調整する. 他は, 対象物の運動が比較的速い場合に明瞭に発揮されるもので, Retinal-Pattern 発現に関する機構への促進的機序で, その機構の hyporeactivity を回復する如く作用する. かくして, 各種の強さの視運動刺激に対する foveoretinal coordination が効果的に実現し, 小脳はそれを介して視器系の平衡機能維持に関与する.
(4) 仲野らの方法や我々が提案している視運動性眼振分析法により, 小脳機能異常を有する頭頸部外傷例の眼運動系の機能異常は, それぞれの検査で特徴的眼振型 (例えば, overshootig form; slowing of pmsuit) や緩徐相の特異な動揺型 (例えば, dysmetric form) の多発として表明される. これに対し, 脊柱側弯症例の眼運動系の異常は, 仲野らの方法によっては特徴的所見を得がたかったが, 我々の方法では, 眼振緩徐相の特徴的動揺, すなわち, jerky form の多発によって特徴づけられた. このことより, これらの検査法は, ある種のめまい, 平衡失調症例の病巣鑑別のための検査法としてかなりの有用性があることが判る.
(5) 我々の提案する検査法により, 治療による脊柱側弯の変動と Foveal-Pattern 緩徐相の stability 障害の変動の間には, かなり高い正相関がみられる. 例えば, 脊柱側弯が有意に矯正された症例では高率に Foveal-Pattern の stability 障害が改善し, 明白な矯正効果をみなかった症例では, 上記の stability 障害にも有意の変動がなかった. この事実は, この検査が側弯の進展, 治療効果の判定に有用性のあることを示唆している.
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