イタリアの救急医療サービス(EMS)は,専門性の高い特殊な組織はないが効率的に運用されていた。一方,本邦では,EMSの効率化が急務とされながらも未だ進展不十分である。筆者は,ローマ市の救急医療中央指令センター(指令センター)で約2か月間救急車出場に同行し,EMSの実際を視察する機会を得た。1999年12月時点でのローマ市のEMSの実際,EMS従事者の基本的思想,EMSに関する市民教育,患者家族からEMSへの要望,苦情などについて,横浜市のEMSと比較し,何故ローマ市では効率的EMS体制が構築できているのかを検討した。ローマ市EMSの効率性は,すべてのEMSが指令センターの指揮系統下に一連の業務として運用されることに基づいており,すべてのEMS機関への共通指示の徹底や情報交換が容易,各施設間での機器や器具の共用,各部署間の医師や看護婦(士)の人事交流,限定された救急病院への人材の集中,病院間における診療能力の均等化などが特徴的であった。これらの効率性を支える背景には,医療従事者のEMSの緊急性,特殊性,重要性に対する認識,患者家族や社会全体のEMS効率化の結果生じるデメリットを容認する点で本邦と大きく異なっており,社会事情,文化の差によると思われた。救急先進諸都市の長所を取り入れようとする場合,物的側面の議論だけでなく,社会事情や文化の相違も考慮した方法論が必要と思われる。EMSの効率化を阻害している本邦の社会認識は,基本的に本邦独自の文化に根ざすものとは思われるが,教育による変革は可能と思われる。EMS以外の多様な医療サービスの充実を図り,医療従事者のEMSに対する認識を徹底し,患者家族に緊急性と社会性のどちらを優先させるかの意志を明確にできるように教育することが,EMSの効率化を実現すると同時に,混乱を回避するために重要と思われた。
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