化学災害は,いったん起こると地域社会に甚大な影響を与える。そのなかで医療機関は,化学兵器テロリズムをも含めた化学災害対応の強化を迫られている。そこで本邦における医療機関,消防機関の化学災害に対する準備状況の現況を調査し,今後の化学災害対応強化の方策を考察した。東京都および政令指定都市の消防機関,各都道府県の災害基幹医療センターの計65機関に向けて化学災害対策の実態をアンケート調査し,84.6%の回答を得た。消防機関では,90.9%が高速道路上の化学災害を想定し,81.8%が化学工場での事故,72.7%がテロリズムとしての化学災害を想定し,化学災害を想定していない機関はひとつもなかった。一方,医療機関では高速道路上の化学災害を想定しているのは20.5%,化学工場での事故は18.2%,テロリズムの想定は13.6%に過ぎず,まったく化学災害を想定していない医療機関も68.2%におよび,関心の低さが目立った。また消防機関ではすべてが化学災害マニュアルを有していたのに対し,医療機関で有している施設はひとつもなかった。個人防護装備の配備状況では,消防機関は100%配備されていたが,医療機関では4.5%に過ぎなかった。また,個人防護装備,廃液の貯留,臥位対応の除染の三条件を満たす集団除染システムをもっていたのは,医療機関,消防機関を通じて皆無であった。集団除染システムを採用できていない最大の理由は,医療機関,消防機関共に予算の不足であった。消防機関では,医療機関に比べて化学災害への認識が高いものの,集団除染を消防の責務とすべきかどうかはっきりしておらず,集団除染の責任の所在を明確にすることが必要であると思われた。今年度中には,医療機関に除染設備,個人防護装備の配備が開始されるが,今後,医療機関では,まずは化学災害を想定することから始め,化学災害マニュアルの策定や定期的かつ実際的な化学災害訓練を含めた集団除染運営上の努力が望まれた。
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