【目的】重症脳損傷患者で認められる心機能障害の評価に血漿cardiac troponin I (cTnI)測定が有用であるかを検索し,cTnI上昇の臨床上の特徴を明らかにすることである。【対象と方法】来院時GCS8以下の頭部単独外傷(TBI群;N=6)および脳血管障害による頭蓋内出血(ICH/SAH群;N=12)を対象とした。来院時に性別,年齢,vital sings,心電図を記録し,PaO
2/FiO
2 (P/F) ratio, SIRS score, APACHE II scoreを算定した。cTnI, CK-MBは,経時的に測定した。本研究でのcTnIの正常上限を0.1ng/mlとした。転帰はTBI群4例,ICH/SAH群7例が死亡した。【結果】Peak cTnI>0.1ng/mlとなった症例は15/18 (83.3%)存在した。18例中14 (77.8%)症例では,一過性上昇の後,72時間後にはcTnI; 0.1ng/ml以下となった。心電図変化は,8例にST-T変化を認めるが,peak cTnI値と年齢,入院時の平均血圧・心拍数やAPACHE II score, GCSとは相関を示さなかった。しかし,18例中12例(66.7%)がP/F ratio<300を示し,胸部レントゲン撮影と胸部単純CTスキャン所見からlung edema/gravity dependent consolidation (L/G)を呈した症例が7例存在した。心エコーを施行し得た9例中3例で駆出率の低下を示した。来院時にSIRSと診断された症例は,TBI群で,4例(66.7%), ICH/SAH群で9例(75.0%)であった。SIRS score上昇に伴い,peak cTnIの有意な上昇(p<0.05)を認めた。【考察・結論】重症脳損傷患者に認められるcTnIの上昇は一過性で,心筋梗塞で見られる典型的な経過とは異なる。しかもcTnIが上昇しても,心機能低下を来している症例の割合は高くない。このような症例では,心機能低下を診断する上でのcTnI測定の意義は,少ないと考えられた。一方,cTnIの上昇と来院時のSIRSスコアが相関したことから,cTnIの上昇には脳損傷発生初期の全身炎症反応が関与している可能性が示唆された。
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