肝コンパートメント症候群を併発した鈍的肝損傷に対し,経動脈的塞栓術(transarterial embolization; TAE)と慎重な経過観察により保存的に治療可能であった2症例を経験したので,文献的考察を加え報告する。〔症例1〕交通事故にて受傷した40歳の女性。造影computed tomogram (CT)にて,肝右葉実質内の巨大血腫と,その血腫内への造影剤の血管外漏出を認めたためTAEを施行した。血腫のある肝右葉にのみ遠肝性の門脈血流を認めた。左葉は左肝動脈から肝静脈に流れる正常血流であった。その後,順調な経過で退院となった。6ヶ月後の血管造影では,肝血流は正常化していた。〔症例2〕階段から転落し受傷した73歳の男性。造影CTにて,肝右葉実質内に巨大血腫を認め,TAEを施行した。肝右葉にのみ遠肝性の門脈血流を認めた。左葉は正常血流であった。その後順調な経過で退院となった。高齢のため,フォローアップの血管造影は施行していないが,肝機能に異常はなく,腹水も認めていない。考察:肝コンパートメント症候群とは,血腫の増大により肝皮膜下の内圧が高まり,肝血流に異常を来した状態である。初期の段階では,皮膜下の血腫により内圧が高まり,肝静脈への血流が阻害され,遠肝性の肝動脈-門脈血流を認める。血腫の影響を受けていない他の部位では,正常の肝血流を示す。血腫が更に増大すると,肝虚血や,肝静脈の圧迫によるBudd-Chiari症候群へ進展する可能性もある。このため,肝コンパートメント症候群の治療では,初期にTAEにより血腫増大を防止することが重要である。また,その後も,肝逸脱酵素や肝機能などを慎重に経過観察し,肝虚血やBudd-Chiari症候群の兆候が出現した場合は,外科的な血腫除去等による減圧を行う必要があると考える。
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