文化人類学
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84 巻, 1 号
選択された号の論文の27件中1~27を表示しています
表紙等
特集 国家と統治の人類学
  • 西 真如
    2019 年84 巻1 号 p. 005-018
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/04
    ジャーナル フリー
  • 内戦後シエラレオネにおけるバイクタクシー業と交通秩序
    岡野 英之
    2019 年84 巻1 号 p. 019-038
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/04
    ジャーナル フリー

    アフリカ諸国の紛争を扱った政治人類学および政治学の研究において、社会の統治過程に見られるパトロン=クライアント関係の分析は重要な課題の1つとなってきた。これらの議論では、パトロンとクライアントとの間に取り結ばれるインフォーマルな人間関係が統治のツールとなっているという理解が前提となっている。政治学ではパトロン=クライアント関係に対して議会制民主主義と官僚制が対置され、両者を導入することにより、統治の場からパトロン=クライアント関係を払拭できると考えられる。では、官僚制や民主主義が組織運営に導入されると、パトロン=クライアント関係を支えるモラリティは失われるのだろうか。本稿では、内戦後のシエラレオネでバイクタクシー業を統括する全国規模の職業団体「全国商業モーターバイクライダー協会」(以降、「全国バイク協会」と略称する)を取り上げ、その日常業務について考察する。内戦末期に隆盛したバイクタクシー業では、その管理・運営においてある種のパトロン=クライアント関係が重要な役割を果たした。しかし、民主主義と官僚制に基づく組織運営を求める国際社会の潮流ともあいまって、全国バイク協会が設立される際には、官僚制的な仕組みや役員選挙制度が導入された。ただし、これによって従来のパトロン=クライアント関係が払拭されたというわけではない。ライダーたちは、官僚的で非人格的な業務を行うべきである執行役員に対してクライアントシップをもって接する。それに対して執行役員もパトロンシップをもって応えようとする。全国バイク協会の日常的な活動から見えてくるのは、執行役員がパトロン=クライアント関係のモラリティと官僚制のロジックの両者を翻訳しながらライダーとの関係性を築いていることである。

  • ナイジェリア・イボ社会における伝統的権威者選びと民主主義
    松本 尚之
    2019 年84 巻1 号 p. 039-057
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/04
    ジャーナル フリー

    本稿では、1999年に民政移管を果たしたナイジェリアにおいて、公平な政治参加を保証する制度として慣行化した輪番制と、ローカルな政治実践との関わりを論じる。特に、三大民族のひとつと位置づけられているイボ人を対象とし、一地縁集団で起きた伝統的権威者の後継者選びを主な事例として取り上げる。

    ナイジェリアでは民族・宗教・地域の対立が後を絶たず、国民の融和が重要な課題となっている。「輪番制」とは、下位集団・地域間で重要な政治ポストを順々に持ち回りする制度である。例えば、大統領職については1999年以降、南部(キリスト教徒が多数派)と北部(イスラム教徒が多数派)で順番に持ち回るべきとする言説がある。さらにローカルな政治においても、自治組織や年齢組の役員、さらには伝統的権威者の地位までも、輪番制によって捉える動きがある。

    アフリカの多くの国々では現在、国内に包摂した諸民族の王や首長を政府が保護し、地方行政と関わる一定の政治的権限を認める政策をとっている。この現象の影響は、かつては「国家なき社会」と呼ばれた分節社会にも及んでいる。それら集権的な権威者が不在であった分節社会には、国家政策を契機として王や首長と呼ばれる地位が生まれている。本稿で取り上げるイボ人もそのような事例のひとつである。

    1999年の民政移管後のイボ社会では、伝統的権威者の候補者選びについて国政選挙を模した住民投票を行うとともに、輪番制を採用する動きが広まっている。アフリカにおいて伝統的権威者を媒介とした統治が拡大・浸透するなか、分節社会の人びとはいかに自身が望む政治的公平性を担保するのか。本稿では、イボ社会における伝統的権威者選びを事例とし、人びとが国政選挙と関わる輪番制の慣行を用いて、公平性をめぐるモラリティを生成する過程に注目する。

  • ルワンダの国家が規定するシティズンシップと人びとのモラリティ
    近藤 有希子
    2019 年84 巻1 号 p. 058-077
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/04
    ジャーナル フリー

    本論では、虐殺後のルワンダにおいて、和解し統合されたシティズンシップを創り出す装置として、虐殺記念週間におこなわれる集会や虐殺生存者基金に着目して、そのなかで方向づけられる人びとの倫理的な応答のあり方を検討する。それらの装置は、凄惨な紛争によって分断された人びとを等しく「ルワンダ人」として包摂する試みのもとに適用されてきた。他方で、そのとき形成される「国家の歴史」においては、トゥチだけを「生存者」、つまり「真のシティズン」として認定し、フトゥを一様に「加害者」、つまり「二級のシティズン」として位置づける効果を孕んでいる。そこでは愛する者の死を悼み、自身の壮絶な体験を嘆くことができるか否かという点で、格差をともなう承認の配置がおこなわれており、人びとの感情が規律化される事態が生じていた。

    このような状況下にあって、村のなかには「トゥチの生存者」というカテゴリーに依拠して、その生存を確保させる者もいる。彼女たちの哀悼は、公的な場においてしばしば「国家の歴史」に一致した、およそ流暢な語りのなかに見出される。他方で、村に暮らす大半の人びとが虐殺時にはなんらかの脅威に曝されており、善悪に二分できない「灰色の領域」にあった。このような「国家の歴史」にはあてはまらない経験を生きる者たちの、決して語り慣れることのない発話は、かれらが代替不可能な個別の記憶とともに生き延びようとするときに現出している。

    このとき地域社会のモラリティは、多くの者がみずからの経験に対して「言葉をもたない」ことにおいて開示されていた。なぜなら、統制されえない身体化された記憶、「語りえなさ」の発露としての情動こそが、体験の一般化を拒否する沈黙の作用とも重なりながら、個々人のかけがえのない経験を感知して、それに付随する痛みへの想像力の回路を開くからである。ここに、避けがたくともに生きる人びとの倫理的な応答性が導かれていた。

  • 独立後南スーダン、ヌエル社会における混成的政治秩序
    橋本 栄莉
    2019 年84 巻1 号 p. 078-093
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/04
    ジャーナル フリー

    「国家なき社会」でありながら自律的で調和のとれた社会として紹介された南スーダンのヌエル社会は、植民地統治以降、多種多様な軍事政治的勢力や権力装置と接触し、これらの要素を取り入れながら自らの社会の「秩序」を維持しようとし、時として国家権力を脅かすほどの勢力をも編成する。本論の目的は、国家の独立から国家の「崩壊」に至るまでの状況を生きたヌエルの人々が、国家をどのように想像し、複数の秩序の様式とどのように交渉していたのかを明らかにすることにある。中でも、人々が国家、あるいは国家的なものを経験し、想像する際の媒体となってきた「紙」の特性を検討することで、国家やリーダーシップをはじめ、特定のコミュニティに人々が見出す秩序やその真正性について考察する。「紙」や「文書」は、近年の民族誌的研究では「近代」あるいは「国家」を形成する動的なエージェントとされてきた。本論では、「紙」が複数の主体による「秩序」創出の実践の中で、出来事とともに概念化、再概念化され、様々な想像力を喚起しながら、ヌエル社会に浸透していったことを示す。その中で「紙」は「近代」や「国家」のみならず、ヌエルにおけるリーダーシップや権威の真正性、神性であるクウォスの力、そして人間の再生産の力という「秩序」のありようもまた形成するものとして語られていた。「紙」は、複数の秩序の様式および秩序に対する想像力、つまり自己と他者の秩序に対する想定が交わる媒体、あるいは時空間なのである。

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